2008年03月29日

大佛次郎


大佛次郎という作家を考えると、
現代国語の授業なんかで浮かんでくるのは「天皇の世紀」なんでしょうけどね。
一番有名なのは、アフェリエイトに載せた「鞍馬天狗」かも知れません。
これが大佛さんの作品とわかっていればだけど。
腰を据えて作品を読もうとすると、全集を図書館で借りないといけない。
重くて通勤に持ち運べないし、大体迷惑だ。
それで、文庫本を探していたが、講談社の「大衆文学館」というシリーズで「冬の紳士」という小説である。
終戦当時の風俗を描いた物語だが、そのテーマは階級からの離脱。
もっとも、大衆小説だから、筋の運びや描写は平易である。
同じ時期に書かれた坂口安吾あたりと比べると読みやすいのが嬉しい。実業家という戦後の上流階級である主人公が、自由を求めて逃げ出すというもの。「逃げ出す」と言ってはいけないか、解説によると階級からの自由とかいうのだろうが、まあ、ある日突然全てがいやになって逃げ出してしまうというのはよくある話でもある。
クライマックスは主人公が自分の葬式を開催し、そこに捨てられた?妻が参列するという場面ですかね。
主人公が強烈で、他の登場人物の印象が希薄なのが残念だけど、
その分読みやすい小説でした。
ちなみにお兄さんの野尻抱影さんは星座の話で有名な作家。
posted by とたけけ at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月17日

冬眠…そしてわが消息


前回は10月10日だったんだね。

それも村上春樹だった。

「村上春樹って面白いですか?」なんて
不遜な問いかけをしてたんだね。

それに対して別に反応もなかったけどね。

村上春樹って、みんな読んでいるし、新作が出版されると物凄く売れるでしょ?
「海辺のカフカ」もそんな感じ。
でも、意外と話題にならないんだね。
京極堂や東野圭吾を語る人はいるんだけど、
村上春樹を熱く語る人は少ない。

意外と村上春樹を読み込んでいる人って少ないんじゃないか?って思っちゃう。

いや、もちろん、熱いファンもいるんだけどね。
入り込みにくいハードルを持ってる作家である事は間違いない。
ま、この辺りは高橋源一郎も島田雅彦も同じなんだけど。
gooのQ&Aを調べると
村上春樹の表現が好きになれない人は多かったな。
「ノルウエイの森で挫折しました。」みたいなね。
ただ、気になった表現も少し。
村上春樹がノーベル文学賞がとれるか?について
「村上春樹のノーベル賞なんて日本で勝手に騒いでるだけでしょ?読んだ事ないけど」って文章があったことです。
どこが?わかるでしょ?

「読んだ事ないけど」って言葉

それって、文学を語る場の発言としてあまりに無神経で傲慢でしょ?

読まないのに「こいつはダメ」って断じているに等しい。

僕は、わからなくても読んでから感想をいいたい。
それが「わからない」でも「おもしろくない」でも正直だと思うからね。

おっと、表題と内容が合ってないね。
本は読んでました。
ただ、なんとなく書けませんでした。
深く考えすぎたのかも知れません。
文学について書いたもんだから。
構えちゃったのかもね。

「放浪記」なんだから、どう彷徨ってもいいわけなんだ。

今年のプチ目標
村上春樹に挑戦
…でも去年は京極堂に挑戦したけど挫折したよな。
今年は何とか頑張ろう!





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2007年10月10日

風の歌を聴け

単刀直入に一言

村上春樹って面白いですか?

のっけから、過激な物言いをしましたが、
初めて、「風の歌を聴け」を読んだ時、僕の頭は混乱したものです。
後で、
この作品を書いた当時の村上さんがジャズ喫茶の経営者だったと言う事を考えると、
なるほど、この作品はジャズのアドリブみたいなものかしら?と思ったね。
だったら、ジェイが中国人である事も、鼠がなぜ「鼠」なのかも、そして彼の書き続ける小説の内容がいつまでもわからなくてもいいわけだ。
あと、デレク・ハートフィールドという作家に対する執拗なまでの記述。
この本を読んだ後に、僕もマジメにハートフィールドを捜したものね(笑)
だって、フィツジェラルドも、ジョン・ウエイン(俳優じゃないよ)やアラン・シリトーを読んでいるのに、「同時代」の作家らしいハートフィールドを自分が知らないのはなぜだろう、と思ったし。

後で、その理由はわかったんだけど。

小説はその世界観がしっかりしていて、その世界の中に流れる時間の中で読む人を遊ばせてくれる作品がいい作品だと思うんだけど、この小説は世界観だけをぽ〜んと読む人に提示して、そのまま。
ジェイは日本語を話すし、その所作からは、彼が中国人である意味はまったくない。鼠だって小説を書いている理由は作品の中ではないんですよね。別に小説を書いたって、ピアノを弾いていたっていいわけなんです。だってそれが「僕」に与える影響は全くなんだもの。
ついでに言えば、彼女の小指があってもなくても、彼の彼女に対する態度には全く関係ない。
初めて読んだ時は、詳細(ディテール)に凝りすぎてストーリーが破綻する漫画みたいな印象だった。(そんな漫画あるでしょ?)

しかし、後で読み返すと、やはり、中国人バーテンダーのジェイ、金持ちを憎む金持ちの「鼠」、小指のない女の子、ラジオのDJといった登場人物たちが各所に配置されて「風の歌を聴け」の世界と時間が作られているんだろうとおぼろげに評論家でもない僕は思う。
読後に、ジェイのバーでモルト・ウイスキーを飲む自分がいた。

世間の評判の割りに、自分はなかなか理解しきれない作家の一人です。
そのまま、小説の世界を受け入れるだけでいいのかも知れませんね。

うーん、うまくいえない。
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2007年09月17日

「陰陽師」夢枕獏〜平安朝のホームズ物語


ほろほろと酒を飲んでいる…

正確にはそんな文章ではなかったが、
ボクは個人的に「陰陽師」の中に出てくる
晴明と博雅の酒盛りの場面が好きだ。
瑠璃の杯でほろほろと酒を飲みたいものだといつも思う。
(実際はジョッキでビールをガブガブと…風雅な響きは全くない。)

いつも不思議な雰囲気を漂わせる晴明の邸に事件を持ち込むのが源博雅。この人、醍醐天皇の孫で従三位、れっきとした天上人である。

言い伝えでは
「朱雀門の鬼から名笛「葉二(はふたつ)」をもらい、
琵琶の名器「玄象」を羅城門から探し出し、
逢坂の蝉丸のもとに3年間通いつづけて遂に琵琶の秘曲「流泉(りゅうせん)」「啄木(たくぼく)」を伝授されるなど、今昔物語などの多くの説話に登場する」そうな(これはウィキペディアで調べました。)

そんな博雅をパートナーに平安朝の難事件を解決していく安倍晴明はさしずめシャーロック・ホームズというところだな、博雅がワトソンで…と、思っていたら、文庫本の解説に同じようなことが書いてあった。

うれしいが、少しガッカリ。

マイペースで、ニヒリストの側面を持ちながらプライドと気品を感じさせる晴明は、まさにホームズ、正直で誠実な博雅はワトソンそのものである。「高名な依頼人」が多いのも特徴。

映画「陰陽師」では野村萬斎が格調高い晴明を見せた。博雅は「海猿」の肉体派伊藤英明が誠実だが少し抜けた感じで演じていた。NHKで放送した同名のドラマでは稲垣吾郎がスノッブな晴明を演じ、博雅は何と「元銀蝿ファミリー」の杉本哲太(少しゴツイよな…)

夢枕さんの意図はわからないが、いつまでも続けて欲しい小説である。
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2007年09月10日

女より幻想を奪わんとする者にもまた危険あり〜名探偵ホームズC花婿失踪事件

冒頭のセリフは、この物語の最後にホームズが語る「ペルシアの古いことわざにあるじゃないかー虎児をとらえんとする者には危険あり、女より幻想を奪わんとする者にもまた危険あり、ということさ。」というセリフから取りました。

この話、簡単に言えば結婚詐欺事件です。
「いつものように、ベーカー街221bの下宿部屋で、暖炉を囲みながらホームズとワトスンが語り合っていると、大きな毛皮のボアを首に巻き、先端にカールした大きな赤い羽根を付けたつばの広い帽子を「デヴォンシャー公爵夫人」のように斜めに被り着飾った大柄な女性がやってきます。彼女の名前はメアリー・サザランド。彼女は母と継父との3人家族で、タイピストの仕事による収入のほかに、亡くなった伯父から相続した遺産の利子があり、これは両親にそのまま渡しているとの事。
 継父のウィンディバンク氏は、普段からなぜか彼女が外出することを大変嫌がっていました。ある時彼女が継父が止めるのをふりきって舞踏会に出かたところ、そこで「頬ひげと口ひげを生やし、声はささやくようで常に何時も光線よけの色眼鏡かけている」ホズマー・エンジェル氏と出会い、恋に落ちました。
しかし、おかしな事にエンジェルが彼女にくれる手紙は、署名までタイプライターで打たれたもの。おまけに詳しい住所も彼女に教えてくれません。エンジェルはウィンディバンク氏がフランスへ出張に行ってしまった隙に、うるさい継父がいない間に結婚してしまおうと持ちかけます。聖書に手を置かせて「何があっても心変わりしない」と永遠の愛を誓わせ、1週間後の結婚を母親と話し合います。母親も彼を気に入って父親の方は何とかするからと言うのです。ところが、再び父親がイギリスに出張した留守の間に結婚式を挙げるため教会へ向かう途中の馬車の中でエンジェル氏はこつ然と姿を消してしまいます。愛しい婚約者の行方を彼女はホームズに捜してもらいに来たと言うわけです。
ホームズは、彼女に「この問題はボクに任せてあなたはこの男の事を忘れてしまいなさい」と忠告するのです。もちろん、彼女は断ります。いつまでも彼を待つと言って…。
なぜ、ホームズは男のことを諦めろと言ったのか?彼にはホズマー・エンジェルの行方がわかっていたのです。そして彼が割り出したエンジェル氏の正体とは…?


初めに、結婚詐欺だと言った通りで、この話は昔ホームズ物語を読んだ人なら知っている内容か?と思いますが、犯人?は義理の父親のウインジバンク氏です。
ウインジバンク氏とエンジェル氏が一緒にいた事がないと言うところからも、これは「入れ替わり」の古典的なトリックです。
ホームズはエンジェルの送るサインまでタイプ打ちした手紙の活字の特徴と、ウインジバンク氏がホームズに送った返信のタイプとが全く同じ特徴を有しているのを証拠として、ホームズはウインジバンクを呼び出しその「罪」を糾弾します。
法律では罰されない事がわかっているウインジバンクは開き直って「冷たいせせら笑い」を浮かべ、「あなたがりこうな人なら、いま法律を犯しているのはわたしじゃなくて自分だということがわかるくらいの頭はもっているはずだ」と言い放ちます。
これに対するホームズの言葉がこの話の中の唯一爽快な部分。
「確かに法律は君をどうすることもできない。だが君ほど罰を受けるに値する人間はいないよ。もしあの娘さんに男友達がいるならきっと君の背中をムチでどやしつけているぞ。」
そしてホームズがムチを手にするそぶりを見せるとずるい男は脱兎の如く通りを全速力で逃げていくのです。名探偵は犯人を方の元に罰することも、無知だが純情でかわいそうな娘を救うこともできなかった。
「冷酷な悪党」ウインジバンクは、なんと妻(メアリーの母親)とグルになって娘をだまし、結婚させないようにして収入が減るのを防ごうとしたのです。
まったくひどい大人ですな。本人はともかく、母親の態度も信じられない。ホームズの言うとおりに「あいつはだんだん悪事を重ねて、やがてはとんでもない犯罪を犯し、絞首台でけりをつける事になるだろう」となったかどうか?人間は欲のために何でもやってしまう。
案外こういう男がぬくぬくと天寿を全うするのが実際の世の中です。少し救いのない、読後の爽快感のない物語です。

もっとも、ホームズは彼女の話を聞きながら真実を知ってしまった。だからこそ、彼女にエンジェル氏を忘れろと言ったわけです。
女嫌いとも言われるホームズの紳士ぶりがこんなところに表れています。

もう少しスッキリしてくれるといいんだけど、しょうがないね。

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2007年09月08日

源氏物語B(空蝉)


前章の「帚木」に出てくる空蝉(伊予の介の後妻)を諦めきれなかった源氏は、紀伊の守が任国である和歌山県に行った留守の間に、すっかりてなずけてある小君の手引きで三度中川にある紀伊の守の屋敷に忍び込んだ。
何てしつこい男でしょう。
それも人妻の所ですぜ、ダンナ(いや、少し下品だったかしら)

しかし、前に書いたように、この空蝉も、源氏が嫌いではなかったのだ。自分で拒絶しておいて、理性ではあれでよかったと思いながら、心は乱れ、物思いに沈みがちだったという。

そんな中での源氏の行動である。
「嫌よ嫌よも好きのうち」という確信でもあったのか、
「ものにしてしまえばこちらのもの」と思っていたのか。

夏の夕闇にまぎれて、源氏は空蝉義理の娘(先妻の娘)の軒端の荻が碁をうつ姿を見る。
空蝉は小柄でほっそりとし、美人ではないが、つつましく奥ゆかしい人妻だった。
対して、軒端の荻は色白で肥えており、はっきりした目鼻立ち、気品には欠けるが、源氏の興味をそれなりにそそった、とあります。
(軒端の荻の方は色白でグラマーな目鼻立ちのはっきりした女性ってわけで、今でいうグラビアアイドルみたいな人気者になるかもしれないね。まあ、そう言う時代だったのでしょう。)

侍女が寝静まるのを待ち、いよいよ寝所に忍び込んだ源氏でしたが、
間一発、源氏の侵入を察知した空蝉が小袿(うちかけ)を残して逃げ、身を隠した。行きがかり上、源氏は残された軒端の荻と契りを交わした(ヤってしまった)のである。しかしあくまで狙いは空蝉で、本命ではないだけに悔しさをかみしめるしかなかった。

源氏は空蝉が残した小袿を持ち帰り移り香を懐かしむのだった。
空蝉と言えば、その文を持ってくる小君を叱りもするが、彼(源氏)との関わりが結婚前であったなら…と残念に思うのだった。

そもそも「空蝉」が「セミの抜け殻」を意味するもので、この章でいう「抜け殻」は彼女の残した小袿である。
…やっぱりオレは軒端の荻がいい…。
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2007年08月26日

開高健「パニック・裸の王様」




実は、僕が最初に読んだ開高の作品は「ロビンソンの末裔」だった。
北海道の厳しい自然と戦う開拓民の事を書いた小説で、学生の頃読んだが、それでマンゾクしてしまい、「裸の王様」は読まなかった。もし、アノ頃「パニック」や「裸の王様」を読んでいたら、「夏の闇」とか「玉、砕ける」などもっと深く読みすすめたのかも知れないけどね。

この芥川賞受賞作を読んだのは、結婚した後、初めて開高を読んでから10年以上過ぎた後である。

これは文学に限ったことじゃないが、予定調和というのはそうそうあるものじゃない。(マンガにはあるけどね)
「ロビンソンの末裔」もどちらかと言えば人間が自然に勝てないという小説だったと記憶している。
「パニック」は笹の実が実るとともに増えたネズミのエネルギーとそれに振り回される人間達を、「裸の王様」は子どもの絵を通じて大人という「裸の王様」の欺瞞を暴く作品。いずれもはっきりとした勝者も敗者もなく、読後感は爽やかじゃない(苦笑)。

開高さんの文体は独特の粘り強さを持ったもので、当時はそれがあまり隙じゃなかった。

今回、久し振りに読み直した。
今なら読めると実感した。先日の小林多喜二と同じでね。
たぶん、社会的にはひねてしまったが、文学的には素直になってきたのかも?

近々、立ち読みで挫折した「夏の闇」に再トライしようかなと思います。

開高健記念会のサイトはこちら
http://kaiko.jp/
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2007年08月21日

小林多喜二「蟹工船」




実は、僕は小林多喜二の後輩になります。
多喜二は、秋田県貧農の家に生まれ、4歳のときに家族で小樽に移住、
小樽商業学校から大正10年(1921年)に当時小樽高等商業学校と言った今の小樽商大に入学。同校校友会誌の編集委員となり詩や短編を発表する一方、中央雑誌にも投稿。高商を卒業後、北海道拓殖銀行に就職しました。その後、『1928年3月15日』『蟹工船』『不在地主』を書き、プロレタリア文学の代表となった。
拓銀を解雇された後、上京し、日本プロレタリア作家同盟書記長となるなど活躍、日本共産党に入党、地下活動に入る。
その後、昭和8年2月20日、治安維持法違反容疑で逮捕され、その日のうちに特高により拷問により虐殺。享年29歳だった。

以上が簡単な経歴紹介ですが、文学のジャンルが特殊であるだけに、読まれ方が難しい作家です。「蟹工船」の名前は知ってても、読んだ人は意外と少ないんじゃないかな?また、一方で左翼文学が好きな人はプロレタリア文学の代表作として賞賛するわけね。この評価のギャップゆえに小林多喜二を本当に評価するのは難しい。
この「蟹工船」はっきり言って読みにくい作品です。方言や今は使わない差別語も多く、扱うテーマも労働争議という重いものだから、今みたいにケータイ小説を読むタイプの人には難しいですね。

『「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」
 二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛(かたつむり)が背のびをしたように延びて、海を抱(かか)え込んでいる函館(はこだて)の街を見ていた。――漁夫は指元まで吸いつくした煙草(たばこ)を唾(つば)と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹(サイド)をすれずれに落ちて行った。彼は身体(からだ)一杯酒臭かった。』

…すいません、青空文庫から使わせてもらいました。
この最初の文章に抵抗を覚えたらたぶん読めないでしょう。
簡単に言えば、資本主義の酷使に耐えきれなくなった漁夫たちがロシア人から労働運動の重要性を教えられ、団結して立ち上がるといった内容です(本当にはしょった説明ですいません。)
でもプロレタリア文学だからと言って、多喜二の小説の文学表現はいいと思います。
第2章冒頭の海の様子を書いた文章は、重いけれど、小樽で青春を過ごした僕にとっても素晴らしいものです。

『祝津(しゅくつ)の燈台が、廻転する度にキラッキラッと光るのが、ずウと遠い右手に、一面灰色の海のような海霧(ガス)の中から見えた。それが他方へ廻転してゆくとき、何か神秘的に、長く、遠く白銀色の光茫(こうぼう)を何海浬(かいり)もサッと引いた。
 留萌(るもい)の沖あたりから、細い、ジュクジュクした雨が降り出してきた。漁夫や雑夫は蟹の鋏(はさみ)のようにかじかんだ手を時々はすがいに懐(ふところ)の中につッこんだり、口のあたりを両手で円(ま)るく囲んで、ハアーと息をかけたりして働かなければならなかった。――納豆の糸のような雨がしきりなしに、それと同じ色の不透明な海に降った。』


少し長く引用しましたが、この表現で、重苦しい日本海とその上に浮かんだ船で過酷な仕事をしている漁夫の心情まで表れている。

ただね、左翼系のサイトで書かれているような
『多喜二が描いた人間愛を貫いた抵抗の精神は、明快な文体や構想力とあいまっていまだに新鮮さ保持しており、多くの大衆に感動を持って読まれている。』というシンパの方の考えは申し訳ないが買いかぶりすぎだろう。人間愛と抵抗精神は確かに感動的だが、多くの大衆に感動を持って読まれているのは言いすぎだ。昭和50年代当時の左翼学生達の間でも「多喜二」を読んでいる人は少なかった。

多喜二の作品は今でも再評価に値すると思う。誰かに今、多喜二を紹介してもらいたい。
ただしあくまで文学的に、である。
なぜなら、思想は時に目を曇らせるから。
三島の小説がその壮絶なナショナリスティックな最後ゆえに、かえって文学的に語られにくいのと同じくらい左翼系作家の評価は難しい。

いろいろ余計な事を言ったが、僕は多喜二の後輩になります。
読みにくかった当時の岩波文庫の蟹工船も久し振りに我慢して読みました(苦笑)
最後まで読めれば、きっと懐かしい感動を得る事ができるでしょう。

まとまらなくてすいません。





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2007年08月08日

ちょうどパイプ3服分の問題だ〜名探偵ホームズB「赤毛連盟」




コナン・ドイルの手による…もしくはJ・ワトソンの筆によるシャーロック・ホームズの事件簿は「冒険」「思い出」「帰還」「最後の挨拶」「事件簿」の5冊。長編は別として、やはり「ボヘミアの醜聞」「赤毛連盟」「まだらの紐」「青いガーネット」が入った「冒険」シリーズが著者も力が入っていていいようです。
前回、「ボヘミアの醜聞(The Scandal in Bohemia)」を掲載したので、次は年代記的にはホームズが手がけた一番古い事件である「グロリア・スコット号事件」か「冒険」シリーズで「ボヘミア…」の次に書かれた「赤毛連盟(Red-Headed League )」のどちらを載せるか考えましたが、やはりホームズものを卒業した方々もご存知の「赤毛連盟」について書いてみたいと思います。

この物語も僕は小学校の頃「山中本」で読んだのが最初でした。

1890年のある日、ホームズの住むベイカー街221Bにジェイベズ・ウィルソンというユダヤ人の質屋がやってくる。彼は燃えるような赤い髪の毛をしているのが印象的だが、この赤毛が事件の鍵となるのである…。

ある日、ウイルソンの経営する質屋に、新入りのバイト員としてヴィンセント・スポールディングが応募してくる。彼は見習い中とて給料は半分でいいという珍しい若者だ。
そのスポールディングからある日、ウイルソンは簡単な作業で高額な収入を得ることができるというひどくうまい儲け話を聞かされる。
これは立派な赤毛の人間のみで構成された「赤毛連盟」という組織によるものらしく、今回、その赤毛連盟に欠員が出たのだと言う。
スポールディングに連れられて面接会場に着くと、そこはありとあらゆる赤毛の人間の集まりとなっていた。しかし、スポールディングのおかげで他の応募者を出し抜いて面接にこぎつけたウイルソンは、面接官のダンカン・ロスというやはり赤毛の男に認められ、首尾よく赤毛連盟の会員になった。仕事の内容というのは指定されたオフィスで百科事典を10時から2時の4時間書き写すだけというもの。ウイルソンは喜んでこの週4ポンドの「仕事」を引き受ける。しかし、8週間後その赤毛連盟は数週間後に突如「解散」してしまう。ウィルソンはそれを不審に思い、また折角つかんだ割りのいい稼ぎをフイにする事ができなかったので、この謎の仕事と赤毛連盟の真相についてホームズに調査を依頼したいと尋ねて来たのだ。ホームズはそれを面白く思い喜んで仕事を引き受けた。しかし、その影には大きな犯罪計画が隠されていた…。

知ってる人も多いでしょうから、先に進めるが、要するに、質屋の裏側にはロンドンでも指折りの金融機関「シティ・アンド・サバーブ銀行」があったのだ。ホームズは実際にウイルソンの留守中、質屋を訪ねてスポールディングに会い彼のズボンの膝を観察、さらに店の前の地面をステッキで叩くことで、質屋から銀行まで地下トンネルを掘って進入し強盗を働くという恐るべき計画を察知したのだ。赤毛連盟の解散は犯罪の準備ができたことに他ならない。スポールディングの本名はジョン・クレー、貴族の血を引く犯罪者だ。

ホームズとワトソン、ジョーンズ警部に銀行頭取のメリウェザー氏。ランタンの明かりを消した真の闇の中、彼らが待ち伏せていると、銀行の大金庫の床下の敷石を外して犯人が現われた…。

そういうわけで、ホームズはワトソンとジョーンズ警部の強力を得て、知能犯「ジョン・クレー」を逮捕することができた。
推理においても、活劇としてみても面白い作品だ。




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2007年08月03日

源氏物語A(帚木)


さて、時の帝の子どもでありながら臣下として源氏の姓を賜った光源氏。この話の頃は17歳、
帚木とはほうき草の事だそうです。
この巻で詠み交わされる源氏と空蝉の和歌に織り込まれた言葉からこの巻の題名が付けられています。

さて、5月の長雨が続く頃、宮中で物忌みがあり、宿直所に籠もっている源氏のところに、彼の妻である葵の上の兄にあたる頭中将がやってきて、いろいろと話をしているうちに、どういう女性がいいか、という話になり、そこに左馬の頭や藤式部丞という好色者(当時、好色は悪い事ではなかったらしい)が現われ、いつのまにか、あれこれ女性の品評会といった様相を呈してくる。
いわゆる「雨夜の品定め」というやつで、後世、民主主義の世の中に育つ我々にはどうなの?と理解するのが難しい、少し傲慢なほどの場面なのだが、まあ、女性を上・中・下と分けて妻とすべき女性の資格を論じあうのだ。曰く、中の品の中にも個性的で魅力的な女性がいると聞き、興味深々の源氏だが、彼の心の中には死んだ母親によく似ているという帝の新しい女御、源氏の義母にあたる藤壺の女御が占めていて、とうてい忘れられない。
それどころか、彼は義理の母親にあたる藤壺と契ったらしい。それはやがて、藤壺の妊娠、不義の子どもの出産(後の冷泉帝)と続くのだが、その頃の男性は通い婚で妻の家に毎夜通うわけなんです。

さて、「中の品」の事が頭にあったのか、方違えのために訪れた紀伊守の屋敷で、そこに紀伊守の父親である伊予介の若い後妻が居るのを知った源氏は、寝所に忍び込み、人妻である彼女と契ってしまう。
なんて男だろう。
当時は、どうやら、女性は相当慎み深かったらしく、寝所に入られてしまったら、もう相手を拒むことができないらしい。
彼女が空蝉である。

源氏は彼女の弟である小君を可愛がり、
彼を使って空蝉に恋文を送るが、
彼女は返事を出さない。ガードが固い。
当たり前だよね。人妻なんだから。
彼女にも彼女なりの思いがある。

まだ娘の頃だったら、光源氏のような若者に通われるのも嬉しかっただろうが、今は受領の妻の身であるから、心苦しいが、わざと冷たい態度で振舞う。結局返事をもらえず、小君は源氏のもとに戻る。

落胆した源氏が彼女に歌を贈る。
「帚木の 心を知らで園原の 道にあやなく惑ひぬるかな」
(そこにあるかと近づくと見えなくなる帚木(ほうきぐさ)のように、つかむことのできないあなたの心を追って私は空しく送っている)
それに対して女(空蝉)は
「数ならぬ 伏屋に生ふる名のうさに あるにもあらず消ゆる帚木」
(賎しい小屋に生えている見苦しさに、いたたまれず消えてうせる帚木のような私です)
こう返してくる。
「勿体のうございます」ってんで、拒絶ですね。

あきらめきれない源氏は小君に姉の隠れているところに案内して欲しいと頼むが、厳重な戸締りをしているので、無理だという。
間に入っている弟の小君は源氏が気の毒でならない。
そんな彼の気持ちもわかるので、
「よし、ではせめてお前だけでも捨てないでおくれ」と側に寝かせたという。

しかし、この子も、源氏に手なずけられて姉の不倫の片棒を担ぐわけだから、この心情はよくわからないね。
一説には、彼は源氏の男色の相手になったと考えられる。
この時代には、すでに男色は流行っていたらしい。

昔はこの辺りは読み飛ばしたなあ…。
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