2009年08月04日

源氏物語F(若紫〜その2)

そう言えば、源氏物語の事書いてなかったなあと、
昔の記事を追いかけてみたら、

前回この源氏物語について書いていたのが、何と2008年8月19日

…ほぼ、1年前。

なおかつ、「若紫」について中途で終わっていたという、
誠に中途半端で申し訳ない状況になってました。

遅ればせながら
誠に遅ればせながら(苦笑)
前回の続きにかかりたいと思います。

「人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人びとは帰したまひて、惟光朝臣と覗きたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。」

現代訳では
「人も居なくて何もすることがない光源氏。夕暮の霞んでいるのに紛れて、あの小柴垣の付近にお立ち出でになる。供は帰してしまい、惟光と件の建物の方を覗いていると、ちょうど西面に仏を安置して勤行している尼がいるのを見つけた。簾を少し上げ、花を供えているようだ。中の柱に寄り掛かかり、脇息の上にお経を置いて、とても大儀そうに読経している尼君は、普通の人とは見えない。四十歳過ぎくらい、とても色白で上品で、痩せてはいるが、頬はふっくらとして、目もとのぐあいや、髪がきれいに切り揃えられている端も、かえって長いのよりも、この上なく新鮮な感じだなあ、と感心して御覧になる」

要は、暇だからぼんやり僧房の方を覗いていたら、
40過ぎくらいの色白の尼君がお経を唱えているのが見えた。
痩せているけど、上品そうだし、髪の毛も長いよりかえって新鮮でいいなあ、と思っているわけだ。

その尼君のいるあたりに小奇麗な女房が2人ほどと童女が出入りして遊んでいるのだが、その中に抜きん出て将来美女になりそうな10歳くらいの1人の童女がいるのが眼に留まる。
「あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。」
というわけである。

『こいつは将来絶対モノになるぞ。他の子とは素材が違う。』
下世話な例えなら、タレントを発掘するプロデューサーみたいな感じかな?
安室奈美恵を発掘したマキノ雅幸氏、浜崎あゆみの歌の才能を見つけた松浦勝人、オーディションで後藤真希を選んだつんく♂…。

スケールはもちろん、全然違うけど、美人になる才能を見つける嗅覚を源氏は持っていたんだね。

顔つきがとてもかわいらしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく掻き上げた額つきや、髪の生え際は、大変にかわいらしい。「成長して行くさまが楽しみな人だなあ」と、お目がとまりなさる。それと言うのも、「限りなく心を尽くし申し上げている方に、とてもよく似ているので、目が引きつけられるのだ」と、思うにつけても涙が落ちる。

限りなく心を尽く申し上げている方=藤壺に似ているのは当たり前。
彼女は藤壺の姪に当たる女性だったのです。

藤壺も面影を宿す彼女に執心する光源氏は、後見人として引き取って手元で育てたいというが尼君は応じないんですね。
翌日、源氏は帰京します。

すぐに参内し、その後左大臣邸に向かうが、プライドの高い妻、葵はすぐに夫のもとに出てこようとしない。父親(左大臣)に強く促されようやく出てきたものの、源氏にとっては気詰まりなばかりだった。
安らぎのない家庭には男は寄り付きませんわな。

源氏はますます葵から心が離れていく。
そして北山にいる藤壺の姪(若紫)をどうにかして手元に引き取りたいと思うのでした。

結局その後、後見人の尼君が死去すると、この北山の少女を、源氏は半ば誘拐のように自分の屋敷につれてきてしまいます。後に源氏の正妻となる紫の上です。

さて、この「若紫」の段では、この他にとても重要な事件が起きます。
その夏、病気のために藤壺が宿下がり、つまり実家に帰ってくる。
そうなるといてもたってもいられない源氏。
王命婦の手引きでついに2度目の逢瀬となる。
帝の妻と帝の子供。
今だってあってはならない関係です。
互いにあさましく、情けなく哀しい関係です。

また、運悪くこれが当たってしまうんですね。

藤壺、ご懐妊であります。
不義の子供を身ごもってしまいました。
これもまた、後々大問題になってしまうのです。

ハイ、結局はしょってしまった「若紫」の段、
ご勘弁を…。
posted by とたけけ at 18:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

源氏物語E(若紫)

さて、17歳の光源氏と20歳の夕顔の君(実は頭の中将の愛人)とのひと夏の恋は、死別という思いもかけない形で終焉を迎えました。
それも、生霊にとり殺されるという?
ロマンポルノの濡れ場に稲川淳二の「怖い話」を挟んだような物凄い急な展開です。

この愛の傷は深い。

源氏のお相手である夕顔の君はとり殺されたうえ、その死を秘密のもとに葬られる。
寂しいですよね。
殺されたヤクザが、その死を隠蔽するため、コンクリ詰めにされて、東京湾に沈められる図を想像します。
例えが下世話で、源氏ファンには文字通り殺されかねない表現ですが、似たようなものです。
この時代、華やかなようで、生と死は本当に近いところにある。
だからこそ、生霊やら祟りやら祈祷やら呪いなどが流行っていたんだろうし。

さて、またまた脱線したところで
久し振りの「源氏ネタ」
本題に移ります。

源氏十八歳のころのこと、春ごろ、熱病を患って、北山に霊験あらたかな加持の僧がいると聞き、出かけてゆくところから始まります。

この若紫、書き出しはこうです。
「瘧病にわづらひたまひて、よろづにまじなひ加持など参らせたまへど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、ある人、「北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人びとまじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひ、あまたはべりき。ししこらかしつる時はうたてはべるを、とくこそ試みさせたまはめ」など聞こゆれば、召しに遣はしたるに、「老いかがまりて、室の外にもまかでず」と申したれば、「いかがはせむ。いと忍びてものせむ」とのたまひて、御供にむつましき四、五人ばかりして、まだ暁におはす。」

「おこり」とか瘧病(わらわやみ)とか言う、熱病(マラリヤと思われる)をわずらって寝込んだ光源氏。
いろいろと呪術や加持などしてもらうんだけど、効果がない。
何度も発作がお起こってしまう状況。これは重病と周囲も心配しているところ、誰かが、「北山の某寺に霊験あらたかな行者さんががいて、去年の夏にも病が世間に流行して、他の人々がまじないあぐねたのを、何人もたちどころに治したそうですよ。こじらせると厄介だから試してみてはいかがですか?」と言うので呼びにおやりになったところ、「老い曲がって、室の外にも外出いたしません」というので、「しかたない。ごく内密に行こう」とおっしゃって、お供に親しい者四、五人ほど連れて、まだ夜明け前にお出かけになる。


よほど、重症だったという事です。
もっとも、熱にうなされてたびたび発作が起きる状況では、
そうは簡単に外に出ようなどという気持ちはおきないだろうしね。
まあ、とにかく、北山のとある寺に光源氏一行は向かいました。
相当山深い場所にある岩屋にその聖(行者)はいらっしゃった。
身なりは相当粗末なものだったが、見るからに徳のある感じの人だった。彼は源氏のためにしかるべきクスリを作り加持祈祷を行った。
ここで、源氏は健康を取り戻す。
体力を回復したというべきか。

そんな日々の中、外に出て見渡すと高い山の上なので、誠に景色がいい、眼下につづら折りの道の下にこざっぱりとした住居が見える。
「誰が住んでいるのだろう?」
「あれは僧都が2年間も住んでいるとか聞いておりますが」
すると、その建物の中から美しそうな童女などが大勢出て来て、
水をお供えしたり、花を折ったりするのが見える。
「あそこに女がいるぞ」
さすが稀代のプレイボーイ、女性を見つけるのは早い。
何かと気にかけるのを、
「気を紛らわせた方がようございます」とは従者の弁。
そりゃそうだ。
病人なんだから。
山から京の町を見下ろせば景色にぼんやり霞がかかっている。
「絵にとてもよく似ているなあ」と言うと、
「いや、地方に行くともっと素晴らしい景色がございます。そこでなら絵も上達なさるでしょう。富士の山、何々の嶽」
その中で、近場なら播磨国の明石の浦が格別ですと勧める者がいた。

「あの国の前国司で、出家したての人が、娘を大切に育てている家は、まことにたいしたものです。大臣の後裔で、出世もできたはずの人なのですが、たいそうな変わり者で、人づき合いをせず、近衛の中将を捨てて、申し出て頂戴した官職ですが、あの国の人にも少し馬鹿にされて、『何の面目があって、再び都に帰られようか』と言って、剃髪してしまったのでございますが、少し奥まった山中生活もしないで、そのような海岸に出ているのは、間違っているようですが、なるほど、あの国の中に、そのように、人が籠もるにふさわしい所々は方々にありますが、深い山里は、人気もなくもの寂しく、若い妻子がきっと心細がるにちがいないので、一方では気晴らしのできる住まいでございます。」先日立ち寄ったが、いい暮らしをしている模様だとも伝えている。
「ところで、その娘は?」と聞かれる源氏に
器量や、気立てなども結構な娘だとの事。ただし代々の国司などが結婚の申し込みをしても、この父親、全然承知しないのだとの事。
自分はこのように落ちぶれているけど、娘だけは特別だと言ってはばからないのだ。
「海龍王の后にする娘なんだろう」
「気位いの高いことも、困ったものだね」
と噂するのを源氏は興味深く聞いている。

まあ、後々光源氏が、政敵に当たる弘徽殿(こきでん)の女御ら右大臣系の人間に疎まれ、逃れた須磨で、件の明石入道に迎えられ、その娘である明石の上と契る(つまりデキてしまう)
彼女は娘を産み、源氏に引き取られ皇太子の后(明石中宮)になります。明石の上は中流の身分ゆえ、わが子を手許で育てることができませんでした。
ただ、最後に姫君が入内するときに、紫の上の計らいで、世話係として明石の上は選ばれるのです。

そして、その紫の上と源氏が出会うのがこの「若紫」なのですが、
すいません。
続きは次回に
posted by とたけけ at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

源氏物語D(夕顔)その2

さて、ようやく「夕顔」の段、本題です。

「六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり」

光源氏が六条御息所のところに通う途中、
丁度大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、それを見舞おうとして、五条にある家を尋ねていきました。

大弍の乳母は、源氏の乳母の一人で惟光の母親です。

大弍とは従四位下の官僚で、大弍の乳母はその人の妻です。

隣家の板垣に白い花が咲いている。

「あれは何と言う花か?」と尋ねると、
「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようでいて、このような賤しい垣根に咲くのでございます」と言う。

※原文では「遠方人に物申す」と源氏は言うわけですが、
どうして「何と言う花か?」という意味になるのか?
出典によると、古今集に「うち渡す遠方人に物申す我そのそこに白く咲けるは何の花ぞも」という歌があるそうで、
そこから「この白い花は何の花か?」となるのです。

すると、その隣家の女性は白い扇に花を乗せて持たせる。
もちろん、惟光が取り次ぐのだ。
昔の事、直接そんなやり取りはできないのです。

まどろっこしいですな。

さて、大弍の乳母は源氏の来訪を喜んだが、すっかり気弱になってしまって、心細いのかさめざめと泣くのです。
すると源氏は、自分が幼い頃、母親に死なれてからは、養育する人はいたけど、親しく甘えられる人は、他にいなかったよとシミジミ語ったそうな。帰ろうとして、惟光から先程の扇を受け取ると、
「当て推量に貴方さま(源氏)でしょうかと思っています 白露の光を加えて美しい夕顔の花(のような人)は」

源氏はたちまち心惹かれる。

「この西の家には誰が住んでいるのか?」と惟光に聞くが
ここ5・6日この家に居たが看病で忙しかったのでわからなかったという。当たり前だ。
しばらくして調べた惟光によると、曰くありげな若い女主人がいるという。

かつて「雨夜の品定め」で言う中の品(中流)の女である。
源氏はますます心惹かれるのです。
待ちきれなくなった源氏は覆面で顔を隠し、身なりも変えると、
お忍びで女の家を訪ねた。
すると、女(夕顔の君)はそんな源氏を受け入れる。

女の感じは、驚くほどに従順でおっとりとしていて、物事に思慮深く慎重な方面は少なく、一途に子供っぽいようでありながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまいと思うが、どこにひどくこうまで心惹かれるのだろうか、もう源氏は止まらない。

彼はやがてこの家に通うようになる。病気だね。ここまで来たら
当然、六条御息所のところに通う回数は減る。

8月15日の夜のことです。
この日もまた女のところに通う源氏だが、
ここは庶民の住むところ、近所の家で人々の会話まで聞こえる。
これでは落ち着かないと、彼は女を連れ出す。
連れ込んだ先、源氏の別荘である河原院は訪れる人も少なく、荒れていて気味の悪いところでした。
女は不安がります。
ここで初めて源氏は覆面を取り正体を明かします。
(それまで顔を見せずに付き合ってたんだね。オドロキです。)
「夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ 露の光やいかに」

「夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは 道で出逢った縁からなのですよ 露の光はどうですか」と言う意味だそうです。

すると、この女性、たいしたものである。源氏の姿を見ても、

「光ありと見し夕顔のうは露は たそかれ時のそら目なりけり」
(「光輝いていると見ました夕顔の上露はたそがれ時の見間違いでした」)
と言いかえす。

ますます、不思議な気がして心惹かれる源氏です。
ここでもお互いを名乗りあうわけでもありません。

そんな二人の逢瀬です。

ところが、夜半になって少し寝入った頃
風が強くなり戸がガタガタと鳴り出すようになりました。

ふと光源氏が気が付くと、隣りに横になっている女(夕顔)の枕元に女が現れ、『私という女が居ますのに、こんなところまで来て…』と言う。
はっとして起き上がった源氏が夕顔を見ると返事もなくヘナヘナとしている。これはまずい。

明かりが消えて真の闇です。

「私がいるから大丈夫」と言って刀を抜いて魔よけとするが、
結局夕顔はその物の怪のため、息を引き取ってしまいます。

悲しみにくれたまま源氏は惟光を呼びます。

わけを知った惟光は「お任せください」といい、
女の亡骸を清水の尼寺に人知れず運びます。
それも秘密のためむしろに包んで運ぶのです。
そのむしろから長い髪の毛がこぼれているのが悲しみを誘う。
帝の子どもで殿上人もある光源氏が、死んだ女と関わりがある事が知れてはまずい。

一旦は二条院の自宅に帰ったものの、落ち着かない源氏、闇にまぎれて馬を走らせて女の眠る寺に向かったのだが、惟光は帰れと追い返す。

泣く泣く帰るが何度も馬から落ちそうになり、ようやくのことで二条の自宅に帰る。

こうして、源氏のひと夏の恋は思いがけない形で終わってしまう。

その悲しみのせいでもないだろうが、源氏は「おこり」を病んで長く床についてしまった。
「おこり」とは今でいうマラリヤなのだそうで、重病だ。
まあ、物の怪とは無関係だろうが、散々な結末である。

後でわかったことは、夕顔が源氏の親友である頭の中将が「常夏の女」と呼んだ愛人だった事を知った。彼女はそのために中将の正妻に憎まれたため、あの家にかくまっていたらしい。
彼女と中央の間には3歳の姫君がいて、のちに玉蔓と呼ばれます。

夕顔は源氏の中でも、今にも通じる魅力的な女性の一人です。

しかし、この物の怪はいったい何か?
怖いですね。

光源氏17歳、夕顔20歳の事です。
posted by とたけけ at 18:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

源氏物語C(夕顔)その1

今は、もうやらないけど、月曜夜のsmap×smapの中で、
「源氏物語」をネタにしてコントやゲームをやってなかったっけ?
ローラースケートを履いて登場する光源氏を木村拓哉がやっていて
頭の中将が稲垣吾郎、藤原惟光が草g 剛だったかな?

余計な事はさておいて、
この惟光という人、初期の源氏物語にはよく出てきます。
身分の違いがありますが、いわゆる従者として、
よく光源氏に付き従っております。
友人であり部下であり、ボディガードとでも言うんでしょうかね?
さて、この惟光も活躍する『夕顔』の段

「六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり」と始まります。

六条わたりのお忍び歩きとあるのは、
当時、光源氏には六条御息所という東宮(皇太子)の元妃という、
物凄い高貴な愛人がおりました。
不思議なものですな。
光の正妻は葵の上=左大臣の長女でした。
この葵の上、とてもプライドが高い人なんです。
もちろん、当時の貴族のお姫様ですから、
慎み深く、頭もいい。美しい。でも気も強い。
しかも当時で4歳年上の姉さん女房です。
こんなお嫁さんがデンとお待ちになってる家庭。
…源氏じゃなくても帰りづらい。
ましてや、この話の時点で源氏は17歳です!!
筆者の17歳なんて、まだ女のオの字も知らなかった。
(今は知ってますけどね)
光は12歳で元服(成人)して当時16歳の葵の上と結婚するんですね。

窮屈だったんでしょうね。
年上のシッカリ者でキレイで頭が良くて…気が強い奥さんが

それでなくても、当時の貴族の男たちは、
あちこちと女性の下に通っていたものなのです。
で、前の章(空蝉)のように、それが他人の妻であってもお構いなし。
結婚そのものが通い婚の次代で、
女性=家は、花のように、常に中心にあったわけです。
男はその周りをブンブン飛び回るハチみたいなもの…例えは少し違うかも知れませんが。

で、六条御息所は皇太子の未亡人、16歳で結婚して娘さん(後に秋好中宮)をもうけ、20歳で死別し、実家に帰って来た源氏にとっては年上のお姉さんです。
またこの人が頭がいい、教養に溢れ、気品も高い…
ね?だんだん足が遠のいてしまうわけなんです。
しかし、通う限りは必ず行かねばなりません。
また、相手の足が遠のくと言う事は、言えからなかなか出られない姫にとっては、寂しく、悔しい話なのでしょう。
しかし、プライドが高い女性は、帰る男にすがりつき、
「早く来て!」と言う事もできない。
自分から「愛してる」と叫べない。

ああ、どんどん横道に逸れていく(苦)
そんな六条御息所の家に足取り重く通っていた頃、
惟光の母親で源氏の乳母でもあった大弐乳母という人をお見舞いに行った事からこの物語は始まるんですね。

長くなったんで、この話はまた次に




posted by とたけけ at 11:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

源氏物語B(空蝉)


前章の「帚木」に出てくる空蝉(伊予の介の後妻)を諦めきれなかった源氏は、紀伊の守が任国である和歌山県に行った留守の間に、すっかりてなずけてある小君の手引きで三度中川にある紀伊の守の屋敷に忍び込んだ。
何てしつこい男でしょう。
それも人妻の所ですぜ、ダンナ(いや、少し下品だったかしら)

しかし、前に書いたように、この空蝉も、源氏が嫌いではなかったのだ。自分で拒絶しておいて、理性ではあれでよかったと思いながら、心は乱れ、物思いに沈みがちだったという。

そんな中での源氏の行動である。
「嫌よ嫌よも好きのうち」という確信でもあったのか、
「ものにしてしまえばこちらのもの」と思っていたのか。

夏の夕闇にまぎれて、源氏は空蝉義理の娘(先妻の娘)の軒端の荻が碁をうつ姿を見る。
空蝉は小柄でほっそりとし、美人ではないが、つつましく奥ゆかしい人妻だった。
対して、軒端の荻は色白で肥えており、はっきりした目鼻立ち、気品には欠けるが、源氏の興味をそれなりにそそった、とあります。
(軒端の荻の方は色白でグラマーな目鼻立ちのはっきりした女性ってわけで、今でいうグラビアアイドルみたいな人気者になるかもしれないね。まあ、そう言う時代だったのでしょう。)

侍女が寝静まるのを待ち、いよいよ寝所に忍び込んだ源氏でしたが、
間一発、源氏の侵入を察知した空蝉が小袿(うちかけ)を残して逃げ、身を隠した。行きがかり上、源氏は残された軒端の荻と契りを交わした(ヤってしまった)のである。しかしあくまで狙いは空蝉で、本命ではないだけに悔しさをかみしめるしかなかった。

源氏は空蝉が残した小袿を持ち帰り移り香を懐かしむのだった。
空蝉と言えば、その文を持ってくる小君を叱りもするが、彼(源氏)との関わりが結婚前であったなら…と残念に思うのだった。

そもそも「空蝉」が「セミの抜け殻」を意味するもので、この章でいう「抜け殻」は彼女の残した小袿である。
…やっぱりオレは軒端の荻がいい…。
posted by とたけけ at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

源氏物語A(帚木)


さて、時の帝の子どもでありながら臣下として源氏の姓を賜った光源氏。この話の頃は17歳、
帚木とはほうき草の事だそうです。
この巻で詠み交わされる源氏と空蝉の和歌に織り込まれた言葉からこの巻の題名が付けられています。

さて、5月の長雨が続く頃、宮中で物忌みがあり、宿直所に籠もっている源氏のところに、彼の妻である葵の上の兄にあたる頭中将がやってきて、いろいろと話をしているうちに、どういう女性がいいか、という話になり、そこに左馬の頭や藤式部丞という好色者(当時、好色は悪い事ではなかったらしい)が現われ、いつのまにか、あれこれ女性の品評会といった様相を呈してくる。
いわゆる「雨夜の品定め」というやつで、後世、民主主義の世の中に育つ我々にはどうなの?と理解するのが難しい、少し傲慢なほどの場面なのだが、まあ、女性を上・中・下と分けて妻とすべき女性の資格を論じあうのだ。曰く、中の品の中にも個性的で魅力的な女性がいると聞き、興味深々の源氏だが、彼の心の中には死んだ母親によく似ているという帝の新しい女御、源氏の義母にあたる藤壺の女御が占めていて、とうてい忘れられない。
それどころか、彼は義理の母親にあたる藤壺と契ったらしい。それはやがて、藤壺の妊娠、不義の子どもの出産(後の冷泉帝)と続くのだが、その頃の男性は通い婚で妻の家に毎夜通うわけなんです。

さて、「中の品」の事が頭にあったのか、方違えのために訪れた紀伊守の屋敷で、そこに紀伊守の父親である伊予介の若い後妻が居るのを知った源氏は、寝所に忍び込み、人妻である彼女と契ってしまう。
なんて男だろう。
当時は、どうやら、女性は相当慎み深かったらしく、寝所に入られてしまったら、もう相手を拒むことができないらしい。
彼女が空蝉である。

源氏は彼女の弟である小君を可愛がり、
彼を使って空蝉に恋文を送るが、
彼女は返事を出さない。ガードが固い。
当たり前だよね。人妻なんだから。
彼女にも彼女なりの思いがある。

まだ娘の頃だったら、光源氏のような若者に通われるのも嬉しかっただろうが、今は受領の妻の身であるから、心苦しいが、わざと冷たい態度で振舞う。結局返事をもらえず、小君は源氏のもとに戻る。

落胆した源氏が彼女に歌を贈る。
「帚木の 心を知らで園原の 道にあやなく惑ひぬるかな」
(そこにあるかと近づくと見えなくなる帚木(ほうきぐさ)のように、つかむことのできないあなたの心を追って私は空しく送っている)
それに対して女(空蝉)は
「数ならぬ 伏屋に生ふる名のうさに あるにもあらず消ゆる帚木」
(賎しい小屋に生えている見苦しさに、いたたまれず消えてうせる帚木のような私です)
こう返してくる。
「勿体のうございます」ってんで、拒絶ですね。

あきらめきれない源氏は小君に姉の隠れているところに案内して欲しいと頼むが、厳重な戸締りをしているので、無理だという。
間に入っている弟の小君は源氏が気の毒でならない。
そんな彼の気持ちもわかるので、
「よし、ではせめてお前だけでも捨てないでおくれ」と側に寝かせたという。

しかし、この子も、源氏に手なずけられて姉の不倫の片棒を担ぐわけだから、この心情はよくわからないね。
一説には、彼は源氏の男色の相手になったと考えられる。
この時代には、すでに男色は流行っていたらしい。

昔はこの辺りは読み飛ばしたなあ…。
posted by とたけけ at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月12日

源氏物語@(桐壺)




おそらく世界に誇る最古の長編小説
紫式部の「源氏物語」
日本人なら一度はチャレンジした古典ではないかと思います。
しかし、名前は知っていても、
この小説を全て読了した人って意外と少ないのではないでしょうか?
ボク自身に関して言えば、
高校の時は古典の教科書で、そして大學の時は日本文学の講義でごく一部を読んだくらい。
スタートはみなさんと同じです。

長編小説は、大人になると本当に読むのが面倒になる。
そこで、出向−失業で暇が結構出来た時、
読むことを決意したのです。

「源氏物語」は、最近の瀬戸内寂聴の訳書が有名ですが、
現代語訳は与謝野晶子や円地文子、谷崎潤一郎などの訳によるものがあり、さらにその他、田辺聖子により「新源氏物語」なんかも入れれば、「源氏物語」はいっぱいありますね。

ボクなんか、最初「源平盛衰記」や「平家物語」と間違えていたくらいだから、
最初は源氏が何なんだかわからなかった。
天皇家に連なる親王から分家した家系の中でよく出てくるのが「源氏」と「平家」
有名なのは頼朝、義経の清和源氏、こえは清和天皇がルーツ。
平家(平氏)で言えば清盛を生んだ桓武平氏、こちらは桓武天皇にルーツがあります。

余計な話はここまで…

ま、今回の光源氏は「いずれの御時にか…」というくらいで、
いつの世〜どの帝の代のことであったかと時代をぼかして、
天皇の子どもとして生まれたにもかかわらず、母方の身分が高くなかったため、親王になれなかった光源氏が様々な女性との関わり(交渉)の中で段々出世し、途中左遷を挟んでついには準太上天皇という、架空の皇位につくまでの大河物語がまずひとつ。
その栄華の只中で、自分の正妻が部下と通じてしまい不義の子(薫)を生んでしまうなど、晩年は苦悩と失意の中で死んでいく(雲隠)までの話がその2。そして、光源氏の息子薫を主人公にした宇治十帖。

こうした3つの話が、源氏物語の大筋です。
その光と薫の出世と血の秘密に絡む物語を縦糸とすれば、
夕顔や朧月夜、末摘花、葵、花散里、明石、といった女性とのロマンスが横糸といったところです。

一番読みやすい解説書は村上リウさんの「説き語り源氏物語」です。
そして、上にのせた「まろ、ん?」と言うマンガによる解説本です。
後は、やはり現代作家による訳本ですね。
ボクは、与謝野本、円地本、谷崎本を読みました。
読破したのは、与謝野本だけですが。

そんなわけで、これから何回かに分けて
この大河ドラマについて、ここで書いていこうと思います。

…まず、いつの代かの桐壺天皇が、正妻の弘徽殿の女御を差し置いて身分の低い更衣(桐壺の更衣)をことのほか寵愛されたところから始まるわけです。
更衣はやがて、この世のものとも思えないほど美しい子ども(光)を生みます。帝はこの子も愛された。3歳で袴着の儀式が行われた時は、
正妻の皇子である一の御子にも劣らない立派な式であったため、正妻の関係者からは警戒されたらしい。後ろ盾のない御息所(母親)は周囲から憎まれ、心細かったのが、やがて病の床につき、死んでしまう。
ショックを受けた帝は悲しみにくれ、他の女御や更衣の寝所に行く事もしなくなる。
やがて、若宮(光源氏)が6歳になり、参内するとその美しさは抜きん出ている。帝は亡き母親の分も彼を愛した。
その頃来朝した高麗人の人相見が、若宮を見て、
「この若君は国の親となり天子の無上の位に昇る相があるが、そうなられるとしてみると国が乱れ、民の憂えとなる事が起こりそうです。
かと言って天下の政治を補佐すると思うとそうとも見えない、」と言う。
帝はこの御子の将来を考えた。外戚の後ろ盾もなく親王として皇族に留めると、恨みを買い不幸になる可能性がある。結局、臣下として彼に「源」の姓を与えたのだ。彼の事を、「光の君」とは人相見の高麗人がこの君の美しさを愛でてつけたらしい。
光は元服し、左大臣の姫君と婚礼を行う事で彼らの後ろ盾を得たのだった。
(以上、桐壺)
さあ、この光源氏が帝の後添となる藤壺とやがて道ならぬ恋をする事になるのだが…。それはまたの機会で


posted by とたけけ at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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