2009年05月24日

西郷札(松本清調)


西郷札 (新潮文庫―傑作短編集)

西郷札 (新潮文庫―傑作短編集)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1965/11
  • メディア: 文庫




最近になって気がついたのだが、
松本清張さんについて書いてなかった。
と、言うか、どれを取り上げて書いたらいいかよくわからなかったから。
学生時代に最初に読んだのは、いきなり長編はキツいから芥川賞受賞作の『或る「小倉日記」伝』の入った新潮文庫の短編集だったような気がする。
今回取り上げようとしている『西郷札』も学生の頃一度は読んだはずだ。
『或る…』が芥川賞、『西郷札』は直木賞の候補になったんだから、松本清張という人はもの凄い広い裾野を持った巨峰のような人だ。
しかし、作家デビューした年齢は41歳。この商売では決して早い方ではない。
しかし、そのデビュー作が『西郷札』
ある新聞社が企画した『九州二千年文化史展』の資料として送られた西郷札という、西南戦争の折、薩軍が戦費調達のために刷られた不換紙幣である。
この西郷札に添付された士族樋村雄吾という男の覚書を紹介する形で、歴史の渦に飲み込まれ人生を狂わされた1人の男の理不尽な敗者としての生き様を描写したものだ。
この表題作の他にも幕末、明治時代、戦国時代、江戸時代という全く違う時代の中で生きる敗者達を主人公にした短編が並んでいる。どれひとつとしてスッキリした解決はなく、ただ、歴史の中で理不尽に人生を弄ばれる小さな存在である人間。切なく、やりきれない話ばかりである。
でも、無駄も理不尽もまた人生の内だろう。
むしろ、人生には無駄や理不尽の方が多いのである。
その敗者を一方で冷たく突き放しながらも、彼らの人生を丹念に記す清張さんの目がどこか優しいから、せめてもの救いになっていると言えないだろうか。
清張さんはその後、さまざまなジャンルのベストセラーを発表し続ける。半世紀近く前の作品なのに、感覚はいつまでも劣化しないままなのは、その作品たちに流れているものが普遍的なものなんだろう。
次は何を読もうかな…
posted by とたけけ at 13:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家ま〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

江戸に遊ぶ2(宮部みゆき『ぼんくら』)


深川北町にある通称『鉄瓶長屋』で、八百屋の太助が殺された事件をきっかけに、差配人の久兵衛が出奔、地主の湊屋総右衛門が代わりによこしたのは、若い佐吉。
ところが、それからばくち好きの父権吉の借金のかたに売られそうになったお律、隠し子(?)長吉が尋ねてきた通い番頭の善治郎、壷信心が嵩じて八助一家など、長屋の住民は櫛の歯が欠けるように家移りしてしまいます。
最初は結びつかなかった全ての話が後になってつながっていくのは
宮部さんならではの面白さ。
ネタバレになってしまうんだろうけど、
全ては湊屋総右衛門とその奥さんの問題から始まる。

しかし、この手の話はキャラクターで読ませるねえ。
どう見ても、無能な同心井筒平四郎や、煮売り屋のお徳、女郎あがりで気のいいおくめ、何でも測る弓の助、隠密同心の「黒豆」、人間データバンクのおでこ等等…。

宮部みゆきの時代作品はこれが初めてです。
いい作品から読み始めたと思います。
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2008年11月15日

ユタとふしぎな仲間たち(三浦哲郎)




最近は、劇団四季のミュージカルとして有名になった、
三浦哲郎の小説「ユタとふしぎな仲間たち」
東北ののどかな村にやってきた東京からの転校生勇太(ユタ)。
彼は(文中では「ぼく」)田舎暮らしになかなか慣れなかったが、
寅吉じいさんが話す「座敷わらし」の話に興味を持ち、
満月の夜、大黒柱のある古い家に一人で泊まることにする。
すると、そこへ本当に座敷わらしが姿を現すのだった。

ペドロ、ダンジャ、ジュノメェ、ゴンゾ、トガサ、ジンジョ、
モンゼ、ジュモンジ、ヒノデロ…。

みんな、生まれてすぐに飢饉のため口減らしにあった子供たちだという。
彼らの姿は仲間であるユタにしか見えない。
そしてユタは、彼らとの交流を通じて大人になっていくんだね。
生きたくても生きることができなかった彼ら座敷わらしの気持ちに触れながら、ユタは田舎の子供たちに受け入れられていく。

ま、都会から田舎に来た転校生が、大人になっていくテーマは
よくある話だと思うんだけど、
自分の経験を考えても、
田舎に行って地元の子供たちと仲良くなるには、
なにかのきっかけが必要なわけで、
それが、この作品では「座敷わらし」との交流だったわけだけど、
主人公自身が自分で強くなっていかないとダメなんだね。

ほかの例と比較しましょうか?
のび太がドラえもんを介してジャイアンやスネ夫たちをやり込めたとしても、結局のび太自身が強くならなければいけない。
自立した人間にならなければ、仲間にはなれないんだ。
ドラえもんはいつも、そこに苦労する。
ドラえもんに甘えて、四次元ポケットから出てくるいろんな道具で、
目の前の問題を楽してクリアしてしまう現状にね。

ユタが、もしペドロたち座敷わらしの世界に逃げ込むようなら、
それは、やはり仲間たちに認められる一人前の男にはなれなかっただろう。

もちろん、この物語にも別れはやってくる。
ペドロたちが潜んでいた「大黒柱のある古い家」が火事で燃えてしまい、彼らの居場所がなくなってしまったからだ。

ペドロはユタに別れの挨拶をして、彼らの乗り物であるエンツコに乗って遠くの村に飛んでいってしまう。

でも、ぼくには、ユタはもう彼らに会いに行くことはないように思えるのだ。
少し寂しい気はするけど。
大人になるというのはそういうことだから。
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2008年08月11日

金閣炎上(水上勉)





大学1年の頃、通学の電車の中で文庫本を読もうと決めた時、
僕は、各作家1冊ずつ本を読もうと決めた。
その時、水上勉さんの「霧と影」を選んだので、
この「金閣炎上」は読まなかった。
(その代わり三島由紀夫の「金閣寺」を読んだっけ)

その時、三島の「金閣寺」から受けていたこの事件に対するイメージが後になって水上勉の「金閣炎上」を読んだ時、大きく変わってしまった。
こちらは、まるで小説ではなく、ドキュメントなのか、丹念に犯人林養賢の犯行に至るまでの精神的な足取りを追いかけている。
三島の「金閣寺」が精神性に重きを置き、美と儚さに彩られた「美しい」作品であるのに、水上の「金閣炎上」には、病弱な父親と勝気な母親の間に生まれ、吃音に悩んだ青年僧が、終戦という時代の価値観が転換する時期に、自分の居場所を失い、周囲から隔絶して最後には象徴としての金閣を焼くという「大それた」行為にいたるまでを資料を集めて書き記している。
「殺仏殺祖」という臨済の言葉が終盤出てくるが、この言葉が林青年の放火と関係あるかは、著者もわからないとしている。

読んでみて、三島の「金閣寺」は文章が飾りすぎていて読みにくく、彼の真意が掴みきれなかったのに引き換え、水上の方は、真実に近付こうとするあまり、中身が詳細において細か過ぎ、全体の意図が掴みきれなかった。

結局わからんかったんかい?と言われそうですが、
人間の行動って不条理なものではないだろうか?というのが自分の考えなので、それはそれで仕方ないかなと思っています。

両方とも読後感に空しさが残りましたがね。
posted by とたけけ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家ま〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月10日

風の歌を聴け

単刀直入に一言

村上春樹って面白いですか?

のっけから、過激な物言いをしましたが、
初めて、「風の歌を聴け」を読んだ時、僕の頭は混乱したものです。
後で、
この作品を書いた当時の村上さんがジャズ喫茶の経営者だったと言う事を考えると、
なるほど、この作品はジャズのアドリブみたいなものかしら?と思ったね。
だったら、ジェイが中国人である事も、鼠がなぜ「鼠」なのかも、そして彼の書き続ける小説の内容がいつまでもわからなくてもいいわけだ。
あと、デレク・ハートフィールドという作家に対する執拗なまでの記述。
この本を読んだ後に、僕もマジメにハートフィールドを捜したものね(笑)
だって、フィツジェラルドも、ジョン・ウエイン(俳優じゃないよ)やアラン・シリトーを読んでいるのに、「同時代」の作家らしいハートフィールドを自分が知らないのはなぜだろう、と思ったし。

後で、その理由はわかったんだけど。

小説はその世界観がしっかりしていて、その世界の中に流れる時間の中で読む人を遊ばせてくれる作品がいい作品だと思うんだけど、この小説は世界観だけをぽ〜んと読む人に提示して、そのまま。
ジェイは日本語を話すし、その所作からは、彼が中国人である意味はまったくない。鼠だって小説を書いている理由は作品の中ではないんですよね。別に小説を書いたって、ピアノを弾いていたっていいわけなんです。だってそれが「僕」に与える影響は全くなんだもの。
ついでに言えば、彼女の小指があってもなくても、彼の彼女に対する態度には全く関係ない。
初めて読んだ時は、詳細(ディテール)に凝りすぎてストーリーが破綻する漫画みたいな印象だった。(そんな漫画あるでしょ?)

しかし、後で読み返すと、やはり、中国人バーテンダーのジェイ、金持ちを憎む金持ちの「鼠」、小指のない女の子、ラジオのDJといった登場人物たちが各所に配置されて「風の歌を聴け」の世界と時間が作られているんだろうとおぼろげに評論家でもない僕は思う。
読後に、ジェイのバーでモルト・ウイスキーを飲む自分がいた。

世間の評判の割りに、自分はなかなか理解しきれない作家の一人です。
そのまま、小説の世界を受け入れるだけでいいのかも知れませんね。

うーん、うまくいえない。
posted by とたけけ at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家ま〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

宮部みゆき「返事はいらない」



宮部みゆきと言えばアニメになった「ブレイブ・ストーリー」、
中居正広主演で映画になった「模倣犯」、
後藤真希主演でテレビドラマになった「RPG」、
執筆の守備範囲がとても広い作家です。
当然これらの小説は有名ですが、
ボクが初めて読んだのは短編集である「返事はいらない」でした。テンポが早くて読みやすい。

最近のボクは、特に読みやすさが読書の基準です。

したがって、長編の「模倣犯」はまだ手がつかない…(笑)
posted by とたけけ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家ま〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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