2009年05月11日

江戸に遊ぶ3(桑原譲太郎『鑑定師右近 邪剣狩り』)

桑原譲太郎と言えば、映画化された「新宿純愛物語」「ボクの女に手を出すな」で知っていたけど、この歳になるまで読まなかった。

この「鑑定師」というのは刀剣の鑑定師である。
筋を書くとこんな感じです。

池ノ端七軒町の長屋に住む嶋右近は、伝説的名刀匠・左文字の末裔として生まれた。父親にその技術を仕込まれる一方で、剣技の習得にも才を見せた。そのため父から勘当されている。そして、現在は刀剣の鑑定師として名をあげている。
同心の奥平八郎や、 旗本柳原伊織といった人間とも付き合いがある。
右近はある日、浅草寺の近くで薄汚い老爺から古錆びた一本を買い求め、 それが名刀・孫六兼元であることを知る。
折しも江戸の町では噂の盗賊・稲葉小僧が世情を騒がせ、残虐な連続殺人が起きるが、 その裏には妖刀村正をめぐる秘密が隠されていた。対馬藩の命を受けた仇敵間垣との最後の戦いに右近の自ら鍛えた剛剣『右近正宗』が唸りを上げる!

この右近という人、変人の朴念仁である。そのくせ女にもてる。

「背が高く、がっしりとした身体は何かの樹を思わせる。肩などは丸太のようだ。何より目立つのはその髷だ。月代などそらずに髪を総まとめにして天に向かって結い上げその先端をばっさりと切った、いわば極太の茶筅髷である。」

高橋英樹の桃太郎侍みたいな頭かね?
要は現代的な風貌のヒーローなわけです。
そして彼に心を寄せる
刀の研師、阿久根一斎の孫娘美代、剣友である伊織の妹志乃の2人の美女。

勝負のためには、相手の顔にツバを吐きかけ、肘に槍を仕込んで不意打ちをする事も厭わないという宿敵間垣。

まあ、桑原さんの作品は少し時代小説っぽくないところがいいかも。
主人公は可愛げがないくらいに朴念仁。
それにしても剛剣 右近正宗はすごいよ。
何たって、『受けた相手の刀を折り、腕も頭も体もずっぱり切り裂いて、相手の体は真っ二つになって倒れた。』ってんだから。

ところで、
そんな桑原さん、既存の出版業界に失望したのか、
自分で直接顧客と向かい合うことを思いつきました。

桑原譲太郎マガジンというんだそうで、
公式ウエブサイトから申し込めるそうです。
http://www.k5.dion.ne.jp/~jo-taro/

リスクのある行為ですけど、
この試みが成功すると出版社は大変だろうね。
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2008年08月18日

「怪談」の季節〜小泉八雲





夏と言えば海
夏と言えば山
夏と言えば…怪談

「呪怨」や「リング」を出すまでもなく、
今、ジャパニーズ・ホラーは世界を席巻しているが、
その原点「怪談」は日本人ではなく、
パトリック・ラフカディオ・ハーンという外国人によって、
編集された。

もちろん、元々今昔物語や雨月物語などにも
怪異譚は登場するが、
それを一番有名にしたのはギリシャ人のハーンだったのは
不思議ですな。
耳無し芳一とか、むじな、ろくろ首など…
どれも有名だけど、
怖いというより、懐かしい感じがするのは不思議です。
そう、ゲゲゲの鬼太郎を読んだ時みたいな。

さて、そのハーンさん、
1903年東京帝国大学を退職しましたが、
その後任が夏目漱石だったのは有名な話だそうです。
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2007年08月26日

開高健「パニック・裸の王様」




実は、僕が最初に読んだ開高の作品は「ロビンソンの末裔」だった。
北海道の厳しい自然と戦う開拓民の事を書いた小説で、学生の頃読んだが、それでマンゾクしてしまい、「裸の王様」は読まなかった。もし、アノ頃「パニック」や「裸の王様」を読んでいたら、「夏の闇」とか「玉、砕ける」などもっと深く読みすすめたのかも知れないけどね。

この芥川賞受賞作を読んだのは、結婚した後、初めて開高を読んでから10年以上過ぎた後である。

これは文学に限ったことじゃないが、予定調和というのはそうそうあるものじゃない。(マンガにはあるけどね)
「ロビンソンの末裔」もどちらかと言えば人間が自然に勝てないという小説だったと記憶している。
「パニック」は笹の実が実るとともに増えたネズミのエネルギーとそれに振り回される人間達を、「裸の王様」は子どもの絵を通じて大人という「裸の王様」の欺瞞を暴く作品。いずれもはっきりとした勝者も敗者もなく、読後感は爽やかじゃない(苦笑)。

開高さんの文体は独特の粘り強さを持ったもので、当時はそれがあまり隙じゃなかった。

今回、久し振りに読み直した。
今なら読めると実感した。先日の小林多喜二と同じでね。
たぶん、社会的にはひねてしまったが、文学的には素直になってきたのかも?

近々、立ち読みで挫折した「夏の闇」に再トライしようかなと思います。

開高健記念会のサイトはこちら
http://kaiko.jp/
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2007年08月21日

小林多喜二「蟹工船」




実は、僕は小林多喜二の後輩になります。
多喜二は、秋田県貧農の家に生まれ、4歳のときに家族で小樽に移住、
小樽商業学校から大正10年(1921年)に当時小樽高等商業学校と言った今の小樽商大に入学。同校校友会誌の編集委員となり詩や短編を発表する一方、中央雑誌にも投稿。高商を卒業後、北海道拓殖銀行に就職しました。その後、『1928年3月15日』『蟹工船』『不在地主』を書き、プロレタリア文学の代表となった。
拓銀を解雇された後、上京し、日本プロレタリア作家同盟書記長となるなど活躍、日本共産党に入党、地下活動に入る。
その後、昭和8年2月20日、治安維持法違反容疑で逮捕され、その日のうちに特高により拷問により虐殺。享年29歳だった。

以上が簡単な経歴紹介ですが、文学のジャンルが特殊であるだけに、読まれ方が難しい作家です。「蟹工船」の名前は知ってても、読んだ人は意外と少ないんじゃないかな?また、一方で左翼文学が好きな人はプロレタリア文学の代表作として賞賛するわけね。この評価のギャップゆえに小林多喜二を本当に評価するのは難しい。
この「蟹工船」はっきり言って読みにくい作品です。方言や今は使わない差別語も多く、扱うテーマも労働争議という重いものだから、今みたいにケータイ小説を読むタイプの人には難しいですね。

『「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」
 二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛(かたつむり)が背のびをしたように延びて、海を抱(かか)え込んでいる函館(はこだて)の街を見ていた。――漁夫は指元まで吸いつくした煙草(たばこ)を唾(つば)と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹(サイド)をすれずれに落ちて行った。彼は身体(からだ)一杯酒臭かった。』

…すいません、青空文庫から使わせてもらいました。
この最初の文章に抵抗を覚えたらたぶん読めないでしょう。
簡単に言えば、資本主義の酷使に耐えきれなくなった漁夫たちがロシア人から労働運動の重要性を教えられ、団結して立ち上がるといった内容です(本当にはしょった説明ですいません。)
でもプロレタリア文学だからと言って、多喜二の小説の文学表現はいいと思います。
第2章冒頭の海の様子を書いた文章は、重いけれど、小樽で青春を過ごした僕にとっても素晴らしいものです。

『祝津(しゅくつ)の燈台が、廻転する度にキラッキラッと光るのが、ずウと遠い右手に、一面灰色の海のような海霧(ガス)の中から見えた。それが他方へ廻転してゆくとき、何か神秘的に、長く、遠く白銀色の光茫(こうぼう)を何海浬(かいり)もサッと引いた。
 留萌(るもい)の沖あたりから、細い、ジュクジュクした雨が降り出してきた。漁夫や雑夫は蟹の鋏(はさみ)のようにかじかんだ手を時々はすがいに懐(ふところ)の中につッこんだり、口のあたりを両手で円(ま)るく囲んで、ハアーと息をかけたりして働かなければならなかった。――納豆の糸のような雨がしきりなしに、それと同じ色の不透明な海に降った。』


少し長く引用しましたが、この表現で、重苦しい日本海とその上に浮かんだ船で過酷な仕事をしている漁夫の心情まで表れている。

ただね、左翼系のサイトで書かれているような
『多喜二が描いた人間愛を貫いた抵抗の精神は、明快な文体や構想力とあいまっていまだに新鮮さ保持しており、多くの大衆に感動を持って読まれている。』というシンパの方の考えは申し訳ないが買いかぶりすぎだろう。人間愛と抵抗精神は確かに感動的だが、多くの大衆に感動を持って読まれているのは言いすぎだ。昭和50年代当時の左翼学生達の間でも「多喜二」を読んでいる人は少なかった。

多喜二の作品は今でも再評価に値すると思う。誰かに今、多喜二を紹介してもらいたい。
ただしあくまで文学的に、である。
なぜなら、思想は時に目を曇らせるから。
三島の小説がその壮絶なナショナリスティックな最後ゆえに、かえって文学的に語られにくいのと同じくらい左翼系作家の評価は難しい。

いろいろ余計な事を言ったが、僕は多喜二の後輩になります。
読みにくかった当時の岩波文庫の蟹工船も久し振りに我慢して読みました(苦笑)
最後まで読めれば、きっと懐かしい感動を得る事ができるでしょう。

まとまらなくてすいません。





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2007年05月08日

「名人」小林信彦〜江戸落語の死を語る人




東京に来たばかりの頃、
念願だった寄席通いをした。
上野鈴本、新宿末広亭、そして池袋演芸場
初めて行った寄席は上野の鈴本。
初めて聴いた落語家は古今亭円菊、
そしてその日のトリは橘家円蔵の「反対車」だった。
(文中敬称略)
4年後転勤で寄席通いはできなくなったわけだが、
その中でも最高だったのは、池袋演芸場で聴いた古今亭志ん朝の「幾代餅」だった。
笑って笑って感動すら覚えた。
その志ん朝師匠も亡くなった。

この本は
ボクの尊敬する小林信彦さんが、大好きだった志ん朝、その父親である志ん生2代の名人について書かれた「江戸落語」へのレクイエムである。

志ん朝の死をもって江戸落語は死に、落語で「粋」を語る人間は居なくなったと著者は言う。
「田舎者」の自分には、とても「江戸っ子の粋」なんぞ体に染みてないし、そもそも東京は田舎者の町になってしまった今では、落語は「江戸の粋」を語るものではなくなるだろう。
それも時の流れかも知れないね。
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2007年04月22日

梶井基次郎「檸檬」




ずいぶん久し振りに「檸檬」を読んだ。
これを読んだ当時、静物を何かの象徴として隠喩に使う表現〜これで合ってるのか?〜を好んだ時期があって、この本を読んでわかった気になってたけど、今読むと、難しい〜ですね。

つまり表題作では檸檬をバクダンに見立てて、丸善の棚において帰る。そしてそれが爆発し、木っ端微塵に丸善を吹っ飛ばすのを想像する。
そういう形で自分を抑圧するあらゆるものをリセットしたい気持ちは時代を挟んだ現代でも変わらないですね。
ただ、今は自分を阻害する気に食わないものを直接排除する傾向もあるわけですが…。

ヴァージニアの銃乱射事件のニュース特集を見ながら考えてしまいました。
犯人は檸檬バクダンの代わりに拳銃2丁を持ってしまったのです。
posted by とたけけ at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家か〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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