2009年12月02日

霞町物語(浅田次郎)


霞町物語 (講談社文庫)

霞町物語 (講談社文庫)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2000/11
  • メディア: 文庫




浅田次郎の小説は「鉄道員」が最初という話は以前もしたと思います。
「角筈にて」は西田敏行でドラマになったし、「ラブレター」もドラマ化されたっけ。

今回は「霞町物語」
東京と言うところは有機的な町で、刻一刻と生き物のように形を変えて行く。
1年前に公園だったところが、ビルの谷間になったりするし、
大きな百貨店だったところが、何もなくなったりしている。
それはいい事なのか?悪い事なのか?

この霞町という地名はいまだと六本木あたりらしい。
その霞町で青春時代を送る主人公をはじめとした少年達の話。

明治時代の頑固者の雰囲気を持つ江戸っ子の写真家の祖父
元芸者で鉄火肌の美人の祖母
徒弟上がりで祖父に頭の上がらない父
芝居好きで人のいい母
そんな家族の写真館の息子である主人公

勉強は出来る
でも酒もタバコも吸う不良たち

…ぐれているわけではない。
でも、不良っていうんだろうね?
どこかに救いがある良き時代の不良たち。

彼らの服装は「兄貴達から申し送られたとおりに、踊りに行くときはバリっとしたコンテンポラリーのスーツを着、タブカラーのシャツに細身のタイを締め、髪はピカピカのリーゼントで固めていた。」

そんな高校生が女と遊びに青春を過ごすわけだ。
この本の主人公は「時代」だ。
六本木が霞町だった時代。
いずれ無くなってしまう運命の御用写真家という職業。
斜陽化で時代から取り残されてしまう町

浅田さんの目はこの町とこの時代に優しい。

「霞町物語」の明子
「夕暮れ隋道」の真知子
「青い火花」の祖父
「グッバイDrハリー」のドクター・ハリー
「雛の花」の祖母
「遺影」の紳士(祖母の愛人)
「すいばれ」の谷さんなど、浅田さんの目は優しい。
そして、
「卒業写真」、祖父の死をもって物語は終わる。

そう言えばこのシリ−ズの中で、祖父の死は3度ほど出てくる。
各々違う表現で。
この連作を通じた中心人物は主人公と祖父なんだね。

不良の青春物語は、今でもいろいろ本が出て、紹介されている。
「ピカンチ」や「ドロップ」とか、それぞれの懐かしさの味付けで表現され、中には喧嘩もナンパも登場する。

でも、やはり時代が違う。

僕は「ドロップ」ではキュンとはこなかった(苦笑)

文庫本で9ページ目始めと268ページ目に書かれている、
時代の描写が何故か本編よりも胸に残る短編集でした。

ネタばれになるから細かくは書きません。
読んでやってください
posted by とたけけ at 13:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

江戸に遊ぶ6(宇江佐真理『紫紺のつばめ』)


紫紺のつばめ―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)

紫紺のつばめ―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)

  • 作者: 宇江佐 真理
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/01
  • メディア: 文庫




廻り髪結いの伊三次は、町方同心不破友之進の下で小者として御用働きをしている。

彼と情を交わす深川芸者の文吉ことお文には、材木商の伊勢や忠兵衛から度重なる援助の申し出があった。それを誤解した伊三次は自分が貧乏である事を拗ね、お文と距離を置こうとする。文に仕える女中のおみつと彼女に心を寄せる下っ引の弥吉…。
その他にも増蔵、松助など…。
宇江佐真理の描く江戸と江戸を生きる人たちは優しくて悲しい。
そして懐かしい。

彼は誤解から惚れた女と別れ、幼馴染の友達を病で失い、仇討ちのために家族も捨てて他に何も見えなくなっている上役の妻を懸命に止める。
けっして完璧な人間ではない、貧乏で、了見も狭く、やきもちを焼いたり、悲しみのあまり何も見えなくなる。親しみやすいキャラクターと言える。

特に2話目「ひで」の主人公で、伊三次の幼馴染じみである日出吉は、花板になる直前まで板前修業をしていたが、材木町の丁兵衛の娘おみよに惚れて、義父の出した条件を飲んで板前を辞め大工の見習いになる。しかし、義父になる親方に叱られへこんだり、それでも耐え続けるが、病に倒れ、世を去る。

祭りの日、神輿を担ぐ男たちの中に伊三次は亡き日出吉の姿を見るのだ。

「ひで!」

作者は、このシリーズに愛着を持っているとの事。
そして、愛する主人公の目を通して「江戸」を丹念に描いていく。
どうです?
江戸時代に遊んでみては?
posted by とたけけ at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

疲れた時には江戸に遊ぶ(池波正太郎『剣客商売』)

昔、読書を始めた頃は、一人の作家で一冊の本、ひとつの作品を選んで読んでいこうと変な決まりごとを作っていた。

なるべく多くの作家に触れたかったからだ。

もっとも、その誓いは、そのうち馬鹿らしい事に気がついて
簡単に破られた。

結果として吉村昭や、西村京太郎や、新田次郎、赤川次郎はけっこう多くの作品を読むことになった。

社会人になってからは、内容の重たい本は疲れてしまうので、
余計に大衆小説に傾倒した。

池波正太郎は、そんな自分にとって何回も何回も読み続けることになる作家の一人であります。

長谷川平蔵、秋山小兵衛、大治郎の親子、藤枝梅安といった、池波作品の登場人物は僕の想像する江戸時代の中で活き活きと活躍し続けている。

時代で言えば、松平定信の下で働いた鬼平より、
その前の田沼時代に活躍した秋山父子の方が時代的には古いと言える。

いや、剣客商売の時代には、鬼平はまだ「本所の銕」だったかも知れない。

秋山小兵衛は、92歳の天寿を全うしたらしい。
当然鬼平の時代も生きていただろう。
息子の大治郎は、田沼意次の娘婿である。
寛政時代には、行きにくかったかも知れない。

…などと考えると面白い。
そのほかにも、池波作品は食事のシーンが印象的だ。
読みながら真田そばとか一本饂飩とか、うさぎ饅頭とか食べてみたくなる。

GW中とて、溜まっていた読書を一気にやってしまおうと思ったが、
やっぱりはじめは池波作品だった。

今回は「剣客商売」の第6巻「新妻」を読んだ。
老中田沼意次の娘で女武芸者だった佐々木三冬が
秋山大治郎と夫婦になるという、
このシリーズでもひとつの山場になる巻である。

でも、池波作品の面白いところは、クライマックスだけじゃない。

『鉢に生卵を五つほど割りいれ、醤油と酒を少々ふりこみ、中へ煎り鴨の肉を入れてかきまぜておき、これを熱い飯の上から、たっぷりとかけまわして食べる。』

こんなところが物凄くおもしろかったりするのだ。

いいなあ、こんな時代も。
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2008年07月06日

我泣きぬれて蟹とたわむる〜石川啄木



「東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて 蟹とたはむる」

「砂山の砂に腹這ひ
初恋のいたみを遠くおもひ出づる日」

「いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと 握れば指のあひだより落つ」

「こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ





石川啄木という人は本当に生前は認められなかった人で、
その生涯は貧困の中にあったと聞く。
文学的な才能を過信し、しかしそれを世間が認めてくれない苦しさに、死ぬまで悩み続けたのではないだろうか?
もっとも26歳の若さで死んでいるので、
成功を見る事ができなかったのはそのせいもあるのだろう。

もっとも、調べによれば、
彼は周囲から借金してまで女郎遊びとかに使っていたらしい。
友達にはなりたくない男だが、短歌は素晴らしい。
ただ、石川啄木の小説は呼んだはずだが印象にない。
才能とは残酷である
posted by とたけけ at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

大佛次郎


大佛次郎という作家を考えると、
現代国語の授業なんかで浮かんでくるのは「天皇の世紀」なんでしょうけどね。
一番有名なのは、アフェリエイトに載せた「鞍馬天狗」かも知れません。
これが大佛さんの作品とわかっていればだけど。
腰を据えて作品を読もうとすると、全集を図書館で借りないといけない。
重くて通勤に持ち運べないし、大体迷惑だ。
それで、文庫本を探していたが、講談社の「大衆文学館」というシリーズで「冬の紳士」という小説である。
終戦当時の風俗を描いた物語だが、そのテーマは階級からの離脱。
もっとも、大衆小説だから、筋の運びや描写は平易である。
同じ時期に書かれた坂口安吾あたりと比べると読みやすいのが嬉しい。実業家という戦後の上流階級である主人公が、自由を求めて逃げ出すというもの。「逃げ出す」と言ってはいけないか、解説によると階級からの自由とかいうのだろうが、まあ、ある日突然全てがいやになって逃げ出してしまうというのはよくある話でもある。
クライマックスは主人公が自分の葬式を開催し、そこに捨てられた?妻が参列するという場面ですかね。
主人公が強烈で、他の登場人物の印象が希薄なのが残念だけど、
その分読みやすい小説でした。
ちなみにお兄さんの野尻抱影さんは星座の話で有名な作家。
posted by とたけけ at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

井上光晴「地の群れ」





井上光晴は虚構に生きた人だった。
映画「全身小説家」のシナリオを本で読んだ時それがわかった。

最初に読んだ本は「地の群れ」
「あんたがたは血の止まらないエタやないね!」
この表現は正確じゃなかったかな?
たしか、被差別部落と被爆者たちの間で再生産される悲しい差別の実態を、はっきり言って読みづらい文体で書いた本だったような気がする。
大學生の頃、本の感想がドロドロとしこったものだった。
その後、井上光晴は野間宏、小田実らと同人誌「使者」を発行した。
これは2年くらいで終わったがボクにとっては興味深く、
この雑誌で、井上光晴を覚えた。
(「使者」はもおう手許に残っていない。残念。)
その雑誌の対談で、
「皇居前を何も言わずにデモ行進しなきゃだめでしょうね。」と
アナーキーな事を言ってたのが心に残ったなあ。
井上さんの本で「ゲットーゲーム」って小説があるんですが、
知ってますか?
posted by とたけけ at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

石川淳「鷹」など




中学生の頃だったと思う。
断片的に覚えていて、しかしどうしても題名がわからない話があった。

確か、NHKのラジオ文芸館かFMのラジオドラマで放送されたもので、ふとした事から「明日付けのピース」を作る密造工場で働くことになった男の話である。中間のストーリーはすっかり忘れているのだが、最後に運河のそばの牢獄に入れられた男が脱獄するのを覚えていた。

ずっと「記憶の穴」になっていたのだが、
本当に最近その題名が判明した。
石川淳の「鷹」だった。

石川淳の小説は「焼け跡のイエス」を読んでいた。
そのくらいしか文庫本で出てなかったから。

講談社文芸文庫が出て、石川淳の小説もたくさん出るようになった。

偶然「鷹」を見つけてから石川作品を読み直した。
初め読みづらさに少し閉口したが、慣れるとこれが面白いのだ。
『佳人』・『普賢』・『白描』・『白頭吟』・『荒魂』ナドナド、
うまく説明できないのだが、面白いのだ。

世間的には「焼け跡のイエス」が有名なのだが、ぜひ他の作品も読んでもらいたいと思います。
個人的には「狂風記」を読んでみたいと思ってるんですけどね。



posted by とたけけ at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

赤瀬川隼「ダイヤモンドの四季」




適当なアフェリエイトがないので、他の作品を載せといた。

それにしても、野球と言うのは幸福なスポーツである。
この作品を読み返してつくづく思った。
多くの日本人は野球をやった事があるから、
ルールも知ってるし、野球というスポーツについて詳しい。
だから野球に関わる記憶を持っている。
野球に関わるドラマに共感する心理的な背景を持っている。
スポーツには各々それなりのドラマがあるけど、
野球においてそれが際立っているのは、それが集団競技でありながら、基本は1対1の勝負事である事がある。
でも、何よりも野球が戦前、戦後を通じて日本人に一番好かれてきたスポーツである事が大きい。

野球を題材にした文学作品は多くて、山際淳司のエッセーや、伊集院静の小説は特に素晴らしい。
この作品集は、野球を愛する作家が、野球というゲームを通じてたった一球のボールに翻弄される人間について語る。
それがあるから、野球は愛されているとも言えるんだろうが。

ボクにもし文才があるなら、そんなドラマを格闘技で書いてみたい。
posted by とたけけ at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

石原慎太郎「太陽の季節」




祝東京都知事選勝利!

ボクは別に東京都民ではないけどね。

ただ、あくまで、個人的には傲慢な政治家石原慎太郎より、作家石原慎太郎が好きです。

学生の時に読んだ表題作や、暴力的な描写の「処刑の部屋」存在の空しさを感じさせる「灰色の教室」(処女作らしい)といった反抗的な作品は、後年の、というか今の保守政治家石原慎太郎に結びつかなかったナア。

昔、ああいうタイプの人間は文学をやらなかったと思います。
またやったとしても、もっと稚拙な文体になってしまったんじゃないか?と思います。


「太陽の季節」の有名なくだりで、恋人を自宅に誘った主人公が風呂から上がったまま、「勃起した陰茎」を障子に突き立てるシーンがある。
似たようなシーンは武田泰淳の小説にもありますが、このシーンの方が遥かに印象的です。
正直言って、読後感は爽やかではありません。

てなわけで、今の石原慎太郎です。

政治家石原慎太郎は、まさにその昔、彼自身が作品で反抗した世間そのものみたいな気もしますが、ひょっとしたら「太陽の季節」の感性がまだどこかに入っていて、それがあの傲慢な頑固さになっているのかな?と思うこの頃です。

また25年ぶりに読み直してみようかな?
posted by とたけけ at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

大沢在昌「らんぼう」を読んだ



大沢在昌なら、本来は「新宿鮫」を読むべきなんだろうと思うんだけど、ボクはひねくれてるんでね。
二人組の刑事ものは、ドラマでも小説でもいっぱいあるね。
有名なのは「あぶない刑事」だろうね。
あんなに銃撃つなよ…みたいな。

実際、警察官が銃弾を一発うつと大騒ぎになるわけでねいちおうこの国で銃という凶器を持てる人は猟師か警察かヤクザ(これは非合法だけど)なわけで、銃をぶっ放すドラマも、実は非現実的
なんですよ。だから、逆にリアルを感じない。
この「らんぼう」では体が凶器。
主人公、イケとウラは文字通りの乱暴者でね。
これはこれでありえね〜。
ヤクザがおどろくメチャクチャ振りなんだから。
彼らを警察官の範疇にとどめているのはマルBを憎む気持ちだけで、
その正義感すらはっきりしない(笑)
警察ってのはそもそも公権力=お上なわけで、
権力を傘にきた乱暴は本来は憎むべきものなんだろうけど、
この二人が思いっきり権力からはみ出してるもんだから、
痛快に見える。
それが大沢作品のバランスなんでしょうな。

ただ、何度でも言うけど、こんな刑事ありえねえヨ。
posted by とたけけ at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

有吉佐和子「華岡青洲の妻」



有吉佐和子はファンが多い一方、批判も多かったんですね。
今回調べてみて様々な形で語られているのがわかっただけでも成果だな。
僕がこの作家の名前を知ったのは「複合汚染」だったなあ。
それから流行語にもなったと記憶している「恍惚の人」も、
今回読み直した「華岡青洲の妻」あたりを読んだはずなんだが、
「華岡〜」以外は正直あまり印象はないですね。

有吉作品の題材が当時学生だった僕の興味を引かなかったのかも知れない。
ただ、「華岡青洲の妻」はいわゆる嫁姑の壮大な対立の物語だったのでいやいやながら記憶しています。
当時の僕の家は2LDKに祖母、父、母、僕、弟が住む二世代同居だったので、このテーマはとっても身近だったしね。

母は僕に言ったものだ。
「あんたが結婚したら自分の親と同居することだけはやめなさい」
そして、こうも言った。
「将来私とあんたの嫁が仲違いしたら必ず嫁さんの側に付きなさい」
嫁と姑の対立は息子=夫という一人の男を挟むだけでなく、
「家」という、よくわからない実は幻想でしかないものを挟んだ対立だ。

そこには悪意がない。見えない。

再現ドラマのように表立った対立や諍いもない。
(もしそれが目に見えたら話はむしろわかりやすくて簡単だ)
表には出ない深い場所での澱みのような感覚。
これはその中にいた人じゃなければわからない。

わが父は華岡青洲ではなかったが、常に中立な傍観者だった。

そして、悪意なき諍いの末、先に逝ったのは嫁(母)の方だった。
死因は乳がんだった。
母が死に、ここでは語りきれないいろんな事の末、
孫の僕が祖母を責め、結果として「家」から追放したのは、母の初七日の翌日の事。

2年後、母の後を追うように父も死んだ。

4年後、結婚した僕は両親とも亡くしていたため、自分の家庭だけを守ることができた。

結果として僕は母の言葉を守ることができた事になる。

そして、
祖母は、その後10年近く生き、90歳で大往生を遂げた。
もちろん、僕とは死ぬまで会わなかった。

「華岡青洲の妻」では姑と嫁がお互いをかばいながら争って麻酔の実験台になり、薬のせいで盲目となって生き残った嫁の加恵が、姑に「勝った」わけだが、
我が家の場合、勝ったのは誰か?わからない。

…重い話だねえ。すいませんでした。

有吉文学について知りたい方は
「有吉文学は永久に不滅です」
をご覧ください。





posted by とたけけ at 20:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

有島武郎って読みづらい




有島武郎と言えば…何を思い出しますか?
教科書には必ず出てくる「白樺派」の作家というくらいですかね。
それより何より学生時代に読んだ「生まれ出る悩み」が当時のボクにとって面白くなかったのだ。
文体も難しかったから、途中で読み直したりしなければいけなかった。
あの頃、武者小路実篤や志賀直哉は読めたのに、有島の作品は理解できなかったなァ。
最近になってまた読み直してみると、彼のむずかしい?文章は彼自身の煩悶によるものかと理解するようになってきた。
今回、また「生まれ出る悩み」を借りた。
ゆっくり読み直してみたいと思う。
posted by とたけけ at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

赤川次郎はお好き?




赤川次郎と言っても、その作品群の裾野はおっそろしく広いですな。
そしてシリーズものも多い。
長者番付に出るのもむべなるかな。
僕が最初に読んだ赤川作品は「幽霊列車」だったと思います。
それから「三毛猫ホームズ」
「セーラー服と機関銃」は映画を先に見ちゃったから、読みそびれてしまいました。ひねくれ物だったので、ハイ。
上記の作品はドラマや映画にもなってますよね。
「セーラー服〜」は言わずと知れた薬師丸ひろ子の代表作
テレビドラマでは最近長澤まさみが演じて好評でしたが、
実は昔、原田知世も演じていました。いずれも、セクシー系ではなく、清純派と呼ばれた女優の作品のようです。
「三毛猫〜」シリーズは片山刑事は石立鉄男でした。主人公の女性恐怖症ぶりがよく出てましたね。晴美は調べたところ、千野弘美だったそうです。
その後も片山を陣内孝則、晴美を葉月里緒名、後で宮沢りえでドラマ化されてました。
変わったところではモーニング娘。でドラマになった事もあり、
片山は原田龍二、晴美は飯田圭織だったそうです(あってるかな?)
僕の好きな「幽霊列車」シリーズは、最初ラジオドラマで、主人公の中年刑事を花紀京が演じてました。その後テレビドラマでは宇野警部はあの田中邦衛!相手役の女子大生永井夕子は浅茅陽子だったかな?「幽霊列車」の中では「善人村の村祭」がすごく印象的でした。
今度はちゃんと「セーラー服と機関銃」を読んでみようかな?

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2007年01月30日

浅田次郎(『鉄道員』など)




「鉄道員」「シエラザード」「地下鉄に乗って」「壬生義士伝」「椿山課長の七日間」「ラブレター」「角筈にて」「プリズンホテル」…

平易な文体で書かれた浅田さんの小説は読みやすく、かつ力強く、
ひとくくりにできない裾野の広い大きな山のようです。

世間がこの人の書くものを歓迎するのは、この人が追求するものが世間の欲するところと合っているからなんでしょうかね?
この人の本を読むと手塚治虫のマンガを連想するのです。
そして「ロマン」という言葉が浮かんできます。

ロマン【(フランス)roman】
《ローマン》
1 「ロマンス」に同じ。
2 小説。特に、長編小説。
3 感情的、理想的に物事をとらえること。夢や冒険などへの強いあこがれをもつこと。「―を追う」「―を駆り立てられる」
ロマンス【romance】
1 空想的、冒険的、伝奇的な要素の強い物語。特に中世ヨーロッパの、恋愛・武勇などを扱った物語をいう。ロマン。
2 恋物語。恋愛小説。
3 叙情的な内容の歌曲あるいは小規模な器楽曲。
4 男女の恋愛に関する事柄。恋愛事件。
(大辞泉)
小説のように変化に富み、かつ甘美な筋をもった出来事。恋愛事件などにいうことが多い。
(大辞林)

でボクが読んだのは、
「天国までの100マイル」
「鉄道員」
「角筈にて」
「うらぼんえ」
「ラブレター」
と言ったところでしょうか。
ブログでの読書感想もいっぱいでている
「壬生義士伝」や「蒼穹の昴」はまだ読んでないんです。

さて、そんなロマンの名手
浅田次郎にはファンも多いようです。
「浅田次郎布教委員会」を紹介しておきます。
http://www.geocities.jp/tsuka_zttt/tamesu.html
posted by とたけけ at 01:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

芥川龍之介…意外にちゃんと読んでない

????.bmp芥川龍之介の本は新潮文庫でたくさん読んだはずなのに、意外と覚えてない。
とにかく、ものすごい数の短編小説を書いていて、そのどれも一度は読んだ気もするし、でもちゃんと読んだか?と考えたらあまりさだかではないのがもどかしい。

杜子春・蜘蛛の糸・トロッコ・河童・羅生門・藪の中

あるものは説話であり、あるものは故事であり、つまり、芥川の作品と言うより、そのまま中国故事や今昔物語みたいに思ってしまうからかも知れない。

この部ログを書いてて思い出したが、
何かの評論で、芥川の「トロッコ」とトウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」とを比べて日本人とアメリカ人の精神性を比べていた人がいた。
つまりトロッコでは若い人足とトロッコを押して「冒険」に出た少年が泣きながら家に帰るのだが、「ハックルベリー・フィンの冒険」では旅に出てどこまでもいってしまうのだ。

芥川龍之介が英文学的な作家と言われる一方、日本人的な作家であるということを表しているらしい。
芥川賞が発表されたので、芥川の作品も読んでみてはいかがでしょう?
作品は今ほとんど「青空文庫」で読めます。

(芥川龍之介作品リスト)
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person879.html

ボクももう一回ゆっくり読み直してみようかな?
posted by とたけけ at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月09日

安部公房(『壁』『赤い繭』など)

学生時代、1回は読んでみたい作家に安部公房がありました。
月並みに「壁」から読むべきなんでしょうが、
ボクが最初に読んだのは「内なる辺境」とか言うエッセイ集(評論集?)でした。
もう30年近く昔の話で、覚えていないのですが、
確か、ナチスの軍服の方がアメリカのそれより美しいという話と、
現在(当時ですよ)の若者はブランドものの軍服を支給されたら、
喜んで戦争に行くかもしれない、とかいう内容の話が印象的でした。
もう世間では「箱男」や
この人は、知的にバランスのとれた、偏向していない人なんじゃないかな?と思ったのがその頃。
次にようやく「壁」を読みました。
影を狸に食われた話やら、名前をなくした男の話とか綿のように疲れた女性が糸になってしまう話とか、まあ、メタファー(比喩)だらけで、一言では言えない作品集なんですが、
今でも印象に残っているのは、石川淳が書いた前書きです。
安部公房は「壁」に絵を描いたのだ。
もちろんこの「壁」だって何かの比喩なんですよ。
壁に絵を描いたという意味はこの歳になっても完全には理解していません。
ただ、Sカルマ氏の空虚に妙に同感したり、「赤い繭」には読み終わった後なぜか感動したりした記憶があります。
その後、学生時代に何作か読んでいるはずです。
氏の作品は極めて理屈で書かれている感じが強いのだけど、
理性ではなく感覚に訴えてくる作家だな、という印象です。
ただ、安部氏の作品はエネルギーがないと読みきれないのではないか?という勝手な思い込みもあり、
学校を出てからはずっと読む機会もありませんでした。
最近ようやく「砂の女」を読了したのですが、うまく感想が出ません。
ただ、ぼんやりと胸の中に何かが残るといったもので、
それでいいんじゃないか?とも思ってます。
安部作品については
「安部公房解読工房」というサイトとブログがあります。
ブログは→http://w1allen.seesaa.net/
サイトは→http://www.geocities.jp/w4allen/novel.htm
posted by とたけけ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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