2008年11月24日

ペスト(カミュ)





大学の時に半分読んで脱落した小説。
結局、「ペスト」は諦めて「異邦人」になってしまったわけだが。
今回、久しぶりにカミュを読んでみて、
体力が無くなったなあと実感しましたね。
なんたって、文庫本で458ページもあるんだからね。

ただ、異邦人の主人公が、自分の中でも消化できない不条理を抱えて最終的には死を望んでいくのと異なり、
ペストという大きな不条理に立ち向かう人々の姿に単純に感動したな。
この物語の主人公である医師リューをはじめとして、タルーや官吏のグラン、司祭のパルヌーや記者のランベール、老医師カステルに至るまで、物の考えや信じるところ全て異なる人々が連帯していく。

主な登場人物の仲で死んでいくのは司祭のパルヌー、そしてタルーくらいなもので、実際は多くの名前も出ない人々がこの背景で死んでいくわけで、これが不条理といえば一番の不条理です。

そして、結局のところ、ペストは彼らに負けたわけではなく、勝手に消えていくわけなんだが。

だから、この災厄が再び人々の前に現れない保障はないわけでね。
どこまでも、「死」は不条理なものです。
この本を読んだとき、この「死」というむなしさと、人間には「団結」よりも「連帯」の方が必要だなと感じたことを思い出したんですよ。

僕の感想は、世のカミュに対する評論に比べればその1%にも届いていないものでしょう。
僕は哲学なんざあ、皆目わからないし、まして、社会人生活を長く送ると、それなりに合理的な人間になってしまってますからね。

若いときに読みたくて読みきれなかった古典はいっぱいあります。
いまさらあの日のリベンジで読んでも、もう昔ほど感じることはできないかも知れません。

でも、どんなすばらしい内容のものでも、結局本は読み捨てられてしまうものだと思うので、精読しようとするあまり、途中でギブアップするくらいなら、読み飛ばしてでも読みきってしまったほうがいいと思います。

今から読み直した結果、結局つまらないものであっても、そのつまらなさに気付けただけでも良かったんじゃないかって。
作者の意図や評論家が褒め称える真理が理解できなかったとしても、
「わからない」事を意識できるだけでも、読書の価値はあると思います。
posted by とたけけ at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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