2008年10月09日

痴人の愛(谷崎潤一郎)

MaryPIC.jpg


ナオミという名前はどうしてこんなにもエロチックなんだろう?
この本を読み終わったときそう感じた。
数十年ぶり(たぶん30年ぶり)に再読しても、その読後感はあまり違わない。
人によっては、異常に興奮するかもしれないし、また、気分が悪くなるかもしれない、耽美主義と言えば、コレほどまでに露悪的に自らのマゾヒズムを文学にまで高めた作品を僕は知らない。

河合譲治という堅物の電気技師が、普通の伝統的な結婚や、男女関係に不満を持っていたため、自分の手で理想的な女性を作り上げ、妻にしようという野心を持ち、カフェの女給だった、まるでメアリィー・ピクフォードみたいな15歳の美少女ナオミを見初め、兼ねてからの計画を実行に移す。
言わば、紫の上を養育した光源氏のような事をしたわけだね。
向こうの作品だったら、ジョージ・バーナード・ショーの「ピグマリオン(マイ・フェア・レディ)」と言ってもいいか…。

もっとも、この計画は失敗に終わる、どこに出しても恥ずかしくないレディに育てるつもりが、教養は身につかず、それどころか、手当たり次第に男を持て遊ぶ妖婦になってしまう。(そう上手くはいかないわな)
そして、自分の手に負えなくなった女に幻滅し、一度は家から追い出したものの、結局譲治はナオミの肉体の魅力の前にひれ伏し、何でも言うことを聞かされる奴隷のような存在になる。しかも、財産を全て処分し、彼女のために尽くし、彼が与えられるのは、耳に息を吹きかけるような軽いキスだけなのだ。

美しい蝶に育てようと思ったら蛾になってしまった。
しかも、その蛾には中毒性の毒があった。

そんな感じかな?
自分の人生に準えて考えてみたけど、
「冗談じゃねえ!」って一言だよ。
こんな女一人のために破滅していく、男って悲しいよね。
その逆もあるんだろうけど、
僕は自分が一番だから。

ところで、この作品の序盤、しきりと出てくるメァリー・ピクフォ−ドとはアメリカのサイレント映画時代の名女優の事なんだけど、
イメージが湧かなかったので
今回、調べて画像を載せてみました。
ナオミのイメージつくりになってくれればと思います。

しかし、この作品が1924年3月に書かれたってのが信じられないね。
現代にもありそうなモダンな作品です。
もちろん、個人的に全く理解できませんけど。
posted by とたけけ at 02:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家た〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。