2007年07月29日

ブラザーとシスターと〜山田詠美の黒人恋愛小説




山田詠美の本だったら、映画になった「ベッドタイムアイズ」なんだろうけど、僕が読んだのは「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」文庫本だった。
この本が出た頃、僕は長編小説が読めなくなってた。
理由は、生活に余裕が無かったから。
金銭的にではなく、精神的に。
この本も、短編で読みやすいかと思って読んだ。

…挫折した。

文体の問題では無く、作品を貫く世界観が、当時の僕と相容れなかった。「リゲイン」の宣伝みたいに働いていた(仕事はできなかったけど)自分にとって、ヤルことばかり考えている男と女がいる事自体理解できなかった。当然、当時の自分は精神的にも肉体的にも童貞だったわけでね。
あれから20年もたってから読み直してみた。
例えばこんなところ

「黒人の男(ブラザー)にはそれにぴたりと来る女たちってのがいるもんよ。なんだって最近の男たちは、ああいうのとくっつきたがるんだろう?あの薄い唇!メイクラブしたってたいしたおもしろかないわよ。ブラザーのディックにはあたしたちの厚い唇のためにあるのよ」(黒人女のジャネイラがブラザーと踊る日本人の娘を指して言うセリフ=what's going on)

凄いでしょ?
でも、こういう世界に慣れてくると、時にはねっとりと官能的な、時には乾いた文章の中、切ない男と女の愛と別れが浮かび上がり、読後胸に残ってくる。
「男の体を求めるのは最初の半年でいの。それから後は心が欲しい」
「体はね、お菓子のようなものよ。心はね、パンのようなものなのよ。ベイビー」
(me and mrs.Jones)

変に上滑りしている精神的恋愛論じゃなく、さりとて巷のエロ小説のように、ひたすら肉欲を追求し続ける小説でもない。
本能的に、そして貪欲に体を求め合いながら、実際は心にあいた隙間を埋めようとしているブラザーとシスターの物語である。

文庫版のあとがきが本編並みに面白い。
体で男を愛して耳から注ぎ込まれる音楽を心で愛して、私の指は永遠に宿題をその間に携えている。だから、私は紙の上でペンを使ってビートを奏で続けるのだ」
「私の心はいつだって黒人女(シスター)だよ。日本語を綺麗に扱えるシスターは世の中で私だけなんだ。」


この文を読んだ時に僕の違和感が少し解消した。
日本人の男である僕には理解しにくい感情のままに行動する愛すべき黒人男性のことを彼女が書くのは自然なことなんだ。
彼女は日本語の上手な黒人女(シスター)なんだもの。

だからその魂が熱くて強い。
しかし、1回言ってみたいもんだね。
「今度会ったら、気が狂うほどやりたいね、ベイビー」
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2007年07月15日

「The Woman! Watson!」 〜名探偵ホームズA「ボヘミアの醜聞」




ご存知の通りかどうか知りませんが、
コナン・ドイルの「ホームズもの」の単行本
最初の長編「Study in scarlet」(緋色の研究、もしくは習作)
で世に登場したホームズとワトソン。
その後、ストランド・マガジンに連載されたホームズ物語の最初の一編(「シャーロック・ホームズの冒険」に収録)が「ボヘミアの醜聞」(A Scandal in Bohemia)でした。
前にも書きましたが、ボクが最初に読んだホームズ物は、
「バスカビル家の犬」で、この「ボヘミアの醜聞」を最初に読んだとすれば、ボクはシャーロキアンにはならなかったと思いますネ。

そして、申し訳ないが、多くの人が、「ホームズもの」と言って、思い浮かべる作品は、この作品ではなく、「赤毛連盟」・「まだらのひも」・「青い紅玉(ガーネット)」といったものではないか?と思われます。

しかし、この「ボヘミアの醜聞」には、ホームズにとって一番重要な人が登場します。
「The Woman(あの女性)」とホームズが呼んだオペラ歌手アイリーン・アドラーであります。

この人こそは、ホームズ物語全編の中で、自信家のホームズを出し抜いたただ一人の女性です。

簡単にストーリーを書くと(知ってる人ゴメンナサイ)

結婚後(多分「四つの署名」の後結婚したメアリ夫人だと思う)ワトソンは久し振りにベーカーストリート221bのホームズのもとを訪れまると、2人の前に突然派手な格好にマスクをした貴族が訪れる。最初は本名を名乗らなかった男も、ホームズの推理によりボヘミア国王である事を明かし助力を請う。

彼の依頼内容は、3日後にスカンジナヴィア王女と自分との婚約が発表される予定なのだが、彼の昔の恋人であるアイリーンが、婚約相手に昔2人で撮った写真と手紙を送りつけると言って彼を脅迫してきたので、それらを取り返して欲しいというものだった。

依頼を受けたホームズは、早速馬丁に変装して、翌日からアイリーンの身辺調査にあたったが、偶然アイリーンとその婚約者であるノートンという弁護士の結婚式の立会人をする事になる。結婚して海外に旅行に出てしまっては、写真が取り戻せなくなると考えたホームズ、計略を巡らした。まず牧師に変装して、アイリーンの自宅前で揉め事に巻き込まれて大怪我をしたふりをし、首尾よく彼女の家へ入る事に成功した。そして前もって配備していた仲間とともに、ワトソンが「火事だ!」と叫ぶと、アイリーンが向かった先は…写真の隠し場所だったのだ!

首尾よく計画が成功し221bの自宅にご機嫌で帰ってくる2人。ホームズがドアを開けるためにポケットの鍵を探っていると、あるすらりとした紳士が、すれ違いざまに「おやすみなさい。シャーロック・ホームズさん」と言った。その時はその男が誰だかわからなかったのだが…。

翌日の朝、王を含めた3人がアイリーン宅へ乗り込むが、すでに危険に気付いたアイリーンはノートン氏と旅立った後だった。目的の写真の代わり、自分が写った一枚の写真と、ホームズ宛の手紙を残して…。前夜ホームズに挨拶した青年はアイリーンの変装だったのだ。写真の奪回には失敗したものの、身の安全が保たれて満足したボヘミア王がホームズに指輪を進呈しようとするが彼は拒否し、かわりに残されたアイリーンの写真をもらいました。

それから、ホームズが彼女の事を話すとき、名前ではなく、「The Woman(あの女性)」と呼ぶのだった…。

このように、これはホームズの失敗談です。
成功してないから、あまりパッとしない物語になっています。
この失敗談をあえて最初に持ってきたドイルの意図はいまいち理解できませんが、下宿の管理人がハドソン夫人じゃなくてターナー夫人だという謎や、ホームズが多くの手下?を使って事件を演出するところなんかはむしろ怪盗ルパンみたいで面白いです。
posted by とたけけ at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月12日

源氏物語@(桐壺)




おそらく世界に誇る最古の長編小説
紫式部の「源氏物語」
日本人なら一度はチャレンジした古典ではないかと思います。
しかし、名前は知っていても、
この小説を全て読了した人って意外と少ないのではないでしょうか?
ボク自身に関して言えば、
高校の時は古典の教科書で、そして大學の時は日本文学の講義でごく一部を読んだくらい。
スタートはみなさんと同じです。

長編小説は、大人になると本当に読むのが面倒になる。
そこで、出向−失業で暇が結構出来た時、
読むことを決意したのです。

「源氏物語」は、最近の瀬戸内寂聴の訳書が有名ですが、
現代語訳は与謝野晶子や円地文子、谷崎潤一郎などの訳によるものがあり、さらにその他、田辺聖子により「新源氏物語」なんかも入れれば、「源氏物語」はいっぱいありますね。

ボクなんか、最初「源平盛衰記」や「平家物語」と間違えていたくらいだから、
最初は源氏が何なんだかわからなかった。
天皇家に連なる親王から分家した家系の中でよく出てくるのが「源氏」と「平家」
有名なのは頼朝、義経の清和源氏、こえは清和天皇がルーツ。
平家(平氏)で言えば清盛を生んだ桓武平氏、こちらは桓武天皇にルーツがあります。

余計な話はここまで…

ま、今回の光源氏は「いずれの御時にか…」というくらいで、
いつの世〜どの帝の代のことであったかと時代をぼかして、
天皇の子どもとして生まれたにもかかわらず、母方の身分が高くなかったため、親王になれなかった光源氏が様々な女性との関わり(交渉)の中で段々出世し、途中左遷を挟んでついには準太上天皇という、架空の皇位につくまでの大河物語がまずひとつ。
その栄華の只中で、自分の正妻が部下と通じてしまい不義の子(薫)を生んでしまうなど、晩年は苦悩と失意の中で死んでいく(雲隠)までの話がその2。そして、光源氏の息子薫を主人公にした宇治十帖。

こうした3つの話が、源氏物語の大筋です。
その光と薫の出世と血の秘密に絡む物語を縦糸とすれば、
夕顔や朧月夜、末摘花、葵、花散里、明石、といった女性とのロマンスが横糸といったところです。

一番読みやすい解説書は村上リウさんの「説き語り源氏物語」です。
そして、上にのせた「まろ、ん?」と言うマンガによる解説本です。
後は、やはり現代作家による訳本ですね。
ボクは、与謝野本、円地本、谷崎本を読みました。
読破したのは、与謝野本だけですが。

そんなわけで、これから何回かに分けて
この大河ドラマについて、ここで書いていこうと思います。

…まず、いつの代かの桐壺天皇が、正妻の弘徽殿の女御を差し置いて身分の低い更衣(桐壺の更衣)をことのほか寵愛されたところから始まるわけです。
更衣はやがて、この世のものとも思えないほど美しい子ども(光)を生みます。帝はこの子も愛された。3歳で袴着の儀式が行われた時は、
正妻の皇子である一の御子にも劣らない立派な式であったため、正妻の関係者からは警戒されたらしい。後ろ盾のない御息所(母親)は周囲から憎まれ、心細かったのが、やがて病の床につき、死んでしまう。
ショックを受けた帝は悲しみにくれ、他の女御や更衣の寝所に行く事もしなくなる。
やがて、若宮(光源氏)が6歳になり、参内するとその美しさは抜きん出ている。帝は亡き母親の分も彼を愛した。
その頃来朝した高麗人の人相見が、若宮を見て、
「この若君は国の親となり天子の無上の位に昇る相があるが、そうなられるとしてみると国が乱れ、民の憂えとなる事が起こりそうです。
かと言って天下の政治を補佐すると思うとそうとも見えない、」と言う。
帝はこの御子の将来を考えた。外戚の後ろ盾もなく親王として皇族に留めると、恨みを買い不幸になる可能性がある。結局、臣下として彼に「源」の姓を与えたのだ。彼の事を、「光の君」とは人相見の高麗人がこの君の美しさを愛でてつけたらしい。
光は元服し、左大臣の姫君と婚礼を行う事で彼らの後ろ盾を得たのだった。
(以上、桐壺)
さあ、この光源氏が帝の後添となる藤壺とやがて道ならぬ恋をする事になるのだが…。それはまたの機会で


posted by とたけけ at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月04日

四日間の奇蹟




如月敬輔は、将来を嘱望されながら、事故に巻き込まれ指を失うという不運に見舞われる。
今は、その事故で両親を失った脳に障害を持つ少女千織の保護者をしている。千織は一度聞いた曲は完璧に再現できる能力を持つピアノの天才。

2人は千織のピアノを人々に聴かて各地を回る日々を送っていたが、
ある時、千織の治療を山奥にある診療所を訪れた敬輔は偶然そこに勤務していた高校時代の後輩岩村真理子と11年ぶりに再会する。ところがある日、ヘリコプターを雷が直撃するという事故がおこり、千織と真理子はそれに巻き込まれてしまう。
…映画にもなりました。
続きは知っている人も多いでしょう。

東野圭吾の「秘密」とか、市川拓司の「今会いに行きます」とか、ここで紹介した「神はサイコロを振らない」とか、人が救われ、癒されるためには「奇蹟」が必要なのかも知れません。

…でも、奇蹟は来ないんだよね。

ボクは奇蹟を望みながら、やっぱり現実を生きなければいけないと思うわけです。
ただ、1冊の本への感動が、そんな人生の癒しになるなら、この本の価値もあるかな?なんて…。
posted by とたけけ at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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