2007年06月30日

吉本隆明「共同幻想論」〜知の高い壁




この題名を読んだ人は、
ボクがこの本を読破して解説してくれると思っただろうか?
否である。

今でこそ「ばなな」のお父さんで有名なこの人。
戦後60年代70年代には新左翼のシンパだった。
ただ、ボクのように、学生運動のシッポに連なる学生だったものにとって、吉本隆明とは「難しい」「読みにくい」の代名詞だった。
そう言うと軽蔑されるかも知れないけどね。
序文からしてわかりにくい。

「言語の表現としての芸術という視点から文学とはなにかについて体系的なかんがえをおしすすめてゆく過程で、わたしはその試みには空洞があるのをいつも感じていた。ひとつは表現された言語のこちらがわで表現した主体はいったいどんな心的な構造をもっているのかという問題である。もうひとつは、いずれにせよ、言語を表現するものは、そのつどひとりの個体であるが、このひとりの個体という位相は、人間がこの世界でとりうる態度のうちどう位置づけられるべきだろうか、人間はひとりの個体という以外にどんな態度をとりうるものか、そしてひとりの個体という態度は、それ以外の態度とのあいだにどんな関係をもつのか、といった問題である。」

ね?難しいでしょ?
こんな調子で続く、
文庫本で24ページもあるこの序文を乗り越えて禁制論にたどりついたときにはもう疲れきっている。

中身は
禁制論、憑人論、巫覡論、巫女論、他界論、祭儀論、母制論、対幻想論、罪責論、規範論、起源論

ある評論家は、この共同幻想論が文庫になった事について
「吉本は昔、学生にとって『学問は難しいんだぞ』という高い壁になっていた。それを読みやすく文庫本にしても意味がなく、また容易に理解できるとも思われず、一般に普及させるのは反対だ」と言っていた。

ボクが吉本を知ったのは対談集、評論集だった。
後に対立することになる埴谷雄高との対談集が最初。
言葉で聞くと面白いので評論を買ったらこれが難しい。
吉本隆明入門
http://media.excite.co.jp/book/news/topics/117/
吉本隆明ワールド
http://shomon.net/ryumei/
学生達が学問の世界に入る時の厚い扉だった吉本の共同幻想論。
ボクは今でも読破できません。
posted by とたけけ at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家や〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

「自同律の不快」を感じる時〜死霊





題名だけで、「埴谷雄高」の名前が浮かんだ人は、
ぜひ、いっしょに飲みたいデス。

ボクには読みたいのに読みきれない本というのが何冊かあって、
そのひとつは埴谷雄高の「死霊」です。

結局未完のまま終わった観念小説なんですが、
主人公?の三輪与志、高志の兄弟、首猛夫、矢場徹吾、黒川健吉…。
わからない人にはちっともわかんない。
わかる人にも本当にわかっているのかよくわからない(笑)
この本には象徴的な言葉がいっぱい散りばめられていて、
例えば
「Grad,Sad,Bad,Mad」
「死者の電話箱」
「暗黒速」
「念速」
と言った言葉はそれだけで、謎だらけ。

だいたい、最初の黒川健吉と三輪与志の会話から入っていけない。
ま、それは図書館で読んでみてください。
さて、この小説?の中に散りばめられた意味のわかりにくい言葉たちの中で、ボクの感性に同調したのが「自同律の不快」

これ、ボクの解釈で平たく言うと
「オレがオレである事に感じる言いようも無い不快感」って事。
生物としての存在とは別に、ボクは常に「ボク」を意識することで「ボク」であるわけで、自分が何者?と迷い始めると、突如「ボク」の存在は揺らいでしまうのです。それならば、まだマシなのですが、ボクがボクである事に違和感を感じている状態に陥るとどうなるか?
ボクはもう一つの「ボク」を消そうとするか、それとも「ボク」をより深く理解しようとするか…。

わかんないか…。

そもそも、これだってボクの理解が正しいかわからないしね。
でもわかりやすいものもある首猛夫の「死のう団」とかね。

こんな言葉と観念の迷宮に誘う埴谷雄高の「死霊」ボクの読書も未完のままです。
会社を辞めてから暇な一日中読み続けていたい本。
でも、その頃にはこの本を読む熱意を失っていそうなので、近々またトライしてみようかと思っている次第です。




posted by とたけけ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家は〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

井上光晴「地の群れ」





井上光晴は虚構に生きた人だった。
映画「全身小説家」のシナリオを本で読んだ時それがわかった。

最初に読んだ本は「地の群れ」
「あんたがたは血の止まらないエタやないね!」
この表現は正確じゃなかったかな?
たしか、被差別部落と被爆者たちの間で再生産される悲しい差別の実態を、はっきり言って読みづらい文体で書いた本だったような気がする。
大學生の頃、本の感想がドロドロとしこったものだった。
その後、井上光晴は野間宏、小田実らと同人誌「使者」を発行した。
これは2年くらいで終わったがボクにとっては興味深く、
この雑誌で、井上光晴を覚えた。
(「使者」はもおう手許に残っていない。残念。)
その雑誌の対談で、
「皇居前を何も言わずにデモ行進しなきゃだめでしょうね。」と
アナーキーな事を言ってたのが心に残ったなあ。
井上さんの本で「ゲットーゲーム」って小説があるんですが、
知ってますか?
posted by とたけけ at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

あえて柳美里は「家族シネマ」を読む。





実は、柳美里という作家の作品は意識的に読まなかった時期がある。
なんでかなあ…。
私小説的な作風が自分のフィーリングに合わなかった時期があって、
そんな作家一人が柳美里だった。

彼女に興味を持ったきっかけは、「命」が映画になった事だった。
東京キッドブラザースは、その昔柴田恭平、三浦浩一、純アリスらがいて、一時期、ボクらのような当時の若者達に影響を与えたミュージカル劇団だった。
※思えば、演劇が力を持っていた時期があったんだね。

そのリーダーが東由多加。

彼の生と死を扱った「命」実は立ち読みした原作も映画も全然共感できなかった(苦)いや、それを読んで、世間の評判ほどの感動を受けなかったため、私小説には共感できないのかな?と思ったわけ。

次に彼女に興味を持ったのは、
「石に泳ぐ魚」がモデルとなった女性から訴えられた事だった。
私小説って、自分のことも含めてだけど、ドキュメントを文学として観賞に耐えるレベルまで引き揚げるのは難しいなと思ったものだ。

で、ボクが読んだのは「家族シネマ」(芥川賞受賞作)
崩壊した家族を際させるきっかけとして家族で映画に出演するというもの。
家族の崩壊や再生を扱ったものは、いろいろあるけど、
同じ家族の崩壊を扱ったものなら重松清の諸作品の方がはるかに共感できる。
(同じ作品集に出て来るいじめを扱ったものについても)

この作品は、例えば山田太一「岸辺のアルバム」なんかと比べると、面白いかも知れない。

「家」を中心にした家族の崩壊を扱うのは同じだが、
「岸辺…」は洪水で流されてしまう家を前にして家族がもう一度再生に向けて動き出す。

「家族シネマ」ではどれほど空疎な芝居をしても、家族の崩壊〜崩壊ではなく、消滅といったほうがいいかもしれない〜は止められない。

父親だけが、その家と家族にしがみつく。こっけいなくらい。

「家族」という幻想にすがりつき、かろうじて、その中で自分のプライドを維持しているからだ。

父親って…寂しいね。愚かだね。

適当な感想を書きなぐって申し訳ない。
所詮ボクには、文学的観察眼はないんだ。
posted by とたけけ at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家や〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

名探偵ホームズ〜実はボクはシャーロキアン




子供の頃、本が好きだった人のなかで、
およそ、この名前を知らない人はいないだろう。

「シャーロック・ホームズ」

ベーカー街221Bに住むこの稀代の名探偵は世界中にシャーロキアンというファンを持っています。
彼の活躍したロンドンはビクトリア朝の繁栄の中、貧富の差も激しく、犯罪は絶えなかったようです。
あの「切り裂きジャック」がロンドン中を震撼させたのもこの時期です。

さて、約60篇あるホームズ物語の中で、あなたはどの物語が一番印象に残ってますか?と、言うか、どの物語から「ホームズの世界」に入りましたか?

ボクは、小学生の時読んだ「バスカビル家の犬」が最初です。
その次は、意外かも知れませんが、「怪盗ルパン(リュパンともいう)」を書いたルブランによる「ルパン対ホームズ」でした。
ホームズを連想させる探偵は彼の「奇岩城」にも登場し、ルブランがドイルによるホームズを意識していたようですね。
もともと、ボクは、ホームズよりもルパンの方が好きでしたから。

しかし、「バスカビル…」からホームズに入門したのは、ボクにとって良かったかも知れません。この物語は、ドイルの手によるホームズものの他の長編「緋色の研究(シャーロキアン田中喜好さんの見解では研究ではなく習作との事です。)」や「4つの署名」「恐怖の谷」に比べても、ミステリーとして一番バランスがいい物語だと思っています。
ボクの言っている意味がわかりづらかったら、3篇を読み比べてください。

もし、ボクが「緋色の…」から入ったら、現在のようなホームズファンであったかは疑問です。

「バスカビル家の犬」を読んだ小学生のボクは、夢中になりました。
そして図書館においてある「ホームズ物」を読みまくったのです。
※実は、それこそは、現在シャーロキアンではカルトな人気を持つ「山中本(作家山中峯太郎氏による大幅な意訳がなされたもの)」だったのですが。
とにかく、ボクは「唇のねじれた男」「まだらの紐」「赤毛連盟」「青いガーネット」「海軍条約文書事件」と読みすすめ、ホームズにのめりこみ、一度はこの世界から離れていたものの、その後、再び新潮文庫の活字の小さい文庫本で読み直し、大學のときに全作読破。

おきまりのコースで解説本や研究書に手を広げ、知識を深め、
読み直すたびに新鮮な発見があるこの物語に夢中になりました。
ホームズのイメージもずいぶんと変わりました。
しかし、ボクにとって、漱石の「猫…」と同じくらい親しみやすいものであるのは間違いありません。

みなさんのホームズ体験はいつですか?
これからも少しずつホームズを語りたいと思っています。
諸先輩には遠く及ばないのですが(苦)
posted by とたけけ at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月07日

谷川俊太郎






谷川俊太郎と聞いて一番有名な詩ってナンだろう?
なにしろ膨大な作品を残されている方だから、
これといって一つを上げる事も難しいだろうなあ。

まずは「鉄腕アトム」でしょうか?
「空を越えて ラララ星の彼方
ゆくぞアトム ジャットの限り
心やさし ラララ科学の子
10万馬力だ 鉄腕アトム

耳を澄ませラララ目を見張れ 
そうだアトム 油断をするな
心ただし ラララ科学の子
7つの威力だ鉄腕アトム

街角に ラララ海の底に
今日もアトム 人間守って
心はずむ ラララ科学の子
みんなの友達鉄腕アトム」

あと、教科書に載ってた詩で
「このこ のこのこ どこのこ このこ
このこの こののこ なかなか きれぬ
そのこ のそのそ そこのけ そのこ
そのこの そのおの なかなか きれぬ」
って言うのは確か谷川さんじゃなかったっけ?

あと、チャーリーブラウンやスヌーピーでおなじみのピーナツ・ブックの訳者であったり、マザーグースも訳してましたよね。

チャーリー・ブラウンのセリフで「OH Good Grief」とかいう英語があるんですが、その言葉をどう訳すかについて谷川さんやみんなが苦労した話を何かの本で読んだ気がします。

それとも、ピーナツブックの解説文だったかな?

覚えてません。スイマセン。

確か、谷川さんは「ヤレヤレ」と訳しているんだけど、
古い言い回しのニュアンスが出せないので、
それでよかったかなあ?と後で悔やんでいると言う話でした。

個人的な話ですが、
ボクの卒業した札幌の某高校の校歌は谷川先生の作詞によるものです。ハイ!
posted by とたけけ at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

小僧の神様




志賀直哉の本を読んだのは大學生になってから、
「暗夜行路」だったかしらん?
確か、当時は長編中心に乱読していたので、
志賀直哉なら最初からこれと決めていたんですよね。

でも、最初に読んだのは国語の教科書に載った「城の崎にて」だったなあ。
たしかに文章は簡潔で、たいした事も書いていないのに、表現が「立って」いるから面白い。
この「面白い」というのをどう表現していかわからないんだなあ。
あえて言えば、バランスかなあ。
ともすれば表現過多になりがちな自分にとって、
志賀直哉の表現の削り方は真似できない。
posted by とたけけ at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家さ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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